幕間

第21話 一振りの戦い

 ポイントバトルが終わり椿たちと解散した美春はその足で道場はへと向かった。


「失礼しまーす」


 道場に入るとそこには師範代と師範代によく似た男性が話をしている姿があった。


「お、美春か。どうした?」


 男性が美春のことを見ると驚いたような表情を浮かべた。


「あれが前にいってたうちの生徒だ」

「だろうと思った。立ち振る舞いは違うがうちのと似ているな」

「いつか対決させてやるよ」

「あいつも喜ぶだろう。――じゃあ、そろそろ戻るとするよ。あんま生徒をいじめんなよ」


 そういうと男性は帰っていった。

 

「あの、さっきの人は誰ですか。どこなく師範代と似てる気がしましたけど」

「ん、あれは俺の弟だ。神奈川で道場の師範をしてる。武術から格闘技。特殊部隊の戦闘術から護衛術。素手による戦術はなんでもやってる」

「そんなすごい人なんですね。というか弟いるなんて初耳ですよ」

「特に言うタイミングなかったから」


 師範代は多くを語らない。

 血縁である桜さえも師範代のことについては深くは知らなかった。


「今日はいい表情をしているな。いいことでもあったか」

「相変わらずお見通しですね。まぁ、その通りなんですけど、以前言った戦いに勝てたんで今は最高に良い気持ちです」

「久しぶりにそんな表情を見たついでにちょっと稽古していくか?」

「はいっ!」


 稽古着の袴に着替え道場へ戻ると師範代はすでに木刀をもって立っていた。

 稽古と言ってもここ最近は口頭で動きを教わることが多かったために美春は微かな緊張を感じた。


「そう身構えるな。軽くやるだけだ。夕飯前出し腹すかせるための運動と思えばいい」

「わかってますけど師範代とやるのは久しぶりなので」


 木刀を握る手にも力が入る。

 ゲームとは違う複雑な感覚が体全体を流れ美春を集中状態へと変えていく。

 匂い、体温、風、音、心臓の鼓動に体の調子。すべてが絡みあう現実世界で相手だけに向き合うのは至難の業。

 稽古と言えど木刀を握り一対一で打ち合うのなら死を分ける決闘と同じ気持ちもってというのが師範代の教えだ。


「そろそろいいか?」

「許可を取るなんて珍しいですね。いつもならいきなり始めるのに」

「気まぐれさ」

 

 そういうと師範代は踏み込み木刀を振るった。

 木刀の動きは鮮明に捉えている。だが、戦いにおいて相手の動きが見えるというのは最低限のスキル。大事なのは二ノ太刀三ノ太刀。

 格闘技でも言えることだがボクシングなどではジャブで視界を塞ぎストレートを放ったり、顔を警戒させてボディに叩き込んだりと常に一歩先の展開を作り上げる。


 しかし、師範代と美春が行う稽古とそれら格闘技との明確な違いがある。それは一撃で終了するというところだ。

 真剣同士の戦いにおいて二度目はない。一度体を斬られれば例え死ななかったとしても二ノ太刀で絶命する。

 時間さえも止まっているような感覚に陥る達人同士の戦いにおいて、怯みや油断は死を意味する。


 美春は師範代の木刀に対して立ち向かうのではなく半歩横にずれて反撃をした。

 拳やほかの武器に比べて刀の縦振りは威力が出るかわりに比較的避けやすい。もちろん鍛練を積んだからこそではあるが、縦の線を描く攻撃に対してはその線からずれるだけで容易に回避ができる。


 師範代の攻撃を避けすぐに前進。木刀を少し前へ傾け突き狙う構えをとった。


(このまま行けるか……?)


 師範代の木刀はまだ振り下ろしている最中。このまま突けは防御はできない。美春は師範代が突如を木刀を横に向けて攻撃をしてくるのではないかと考えていたがその動きはない。


(いや、この動きなら大丈夫だ!)


 攻撃の変化がないと確信し美春は思いっきり突きを行った。もちろん全力で当てるわけではないがだからと言ってキレやスピードは落ちていない。

 

「甘いな」

 

 その瞬間、美春の木刀の先端に捉えていたはずの師範代が姿を消した。


「えっ!?」

「打ち合うだけが戦いじゃないさ」


 すでに美春の脇腹へと木刀が優しく触れていた。

 ここは現実世界。ゲームと違って高速移動したり透明になったりなどできない。

 しかし、いたって単純な出来事だった。

 師範代は振り下ろす遠心力と重力を利用しつつ膝抜きで一気にしゃがみ突きを回避したのだ。筋肉を使った無理な動きではなくすべての力をバランスよく利用した動きは呼吸をするように自然なもの。

 目の前に見えているというのに気配を感じない師範代の技術に美春は敗北した。


「参りました……」


 これがこの道場の稽古。

 たった一撃でも当たれば終わりなのだ。

 これが真剣による戦いならば美春はわき腹を斬られさらなる追い打ちで絶命していたことだろう。


「最初から避けようと?」

「ああ。美春はすばやい動きをもっていながら打ち合いたいという考えをどこかにもっている。おそらく稽古の実感をしたいんだろう。でもな、うちの稽古は真剣を想定したもの。一番強いのは避けて当てるだ。今一度しっかり学んでおけ」


 この道場では打ち合いと真剣を模した稽古と二種類行う。打ち合いはお互いの

技術を真正面から受け止め攻防を繰り広げるもの。体力の消費から生まれる隙をつくか卓越した技術でねじ伏せたりする。もちろん体に接触することは何度もある。

 対してこの真剣稽古はお互いに万全な状態でたった一度でも体に触れたり反応ができなかったら終わり。立ち会った状態で数分間動きがないこともあればこのように一瞬で決着がつくこともある。


「そもそも美春は打ち合い稽古は得意だったが真剣稽古では桜に劣っていた。それはお前自身分かってるだろう。止まってるのが苦手なんだ」


 美春の戦いはスピードを利用し相手を翻弄するもの。それと同時に膠着状態ではその思考が鈍りがちなのが欠点。高い観察能力も相手が動かなければ意味がない。それゆえに美春は自身が動くことにより相手の動きを誘っていたのだ。


「でも、迷いはだいぶ消えてたぞ。ここ最近で一番いい動きだ」

「完敗したあとに褒められてもなんだか半減しちゃいますよ」

「だったら悔しさも感じられないほど疲れちまえばいいさ。10分間の素振り稽古な」

「言うんじゃなかった……」


 稽古を終えてくたくたになって家へ帰ると入れておいたバトルエースオンラインのアプリから通知が来ていた。


「第二戦のルールについてか。もう決まったんだ」


 ルールを見てみると美春は少しだけ楽しげな表情を浮かべた。

 そこに書いてあった内容はスリーマンセルによるチーム戦。参加プレイヤー、一般プレイヤーを問わず組むことができ、勝利チームに入っている参加プレイヤーは第三回戦へと出場することができる。

 

 すると、椿と大和からグループメッセージが届いた。


「ついに私と大和の出番だね!!!」

「と、姉ちゃんは勝手なこと言ってますが俺らでいいんですか」


 美春の返事は決まっていた。


「もちろん。みんなでがんばろうね」


 第二戦のチームは美春、椿、大和の三人で決まった。

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