第9話 ゲームでも現実でも 2

 二人は音が鳴った近くへと到着すると貴族らしき人間が男性を跪かせていた。


「貧民が貴族に楯突くとどうなるかわかっただろう。店の形が残っているだけ感謝しろ」


 跪いているのは食事処の店主。店は形こそ保っているが中からは煙が漏れていた。内部だけを強力な力で破壊した状態である。


「ひどい……」


 あまりにも酷い状況に椿は美春の服をぎゅっと掴みながら言葉を漏らした。

 しかし、地獄耳なその貴族は椿の言葉に反応し二人のほうを見た。


「なんだ? 不満か? 言って見せろ」

「あ、いや……その……」


 椿は動揺した。

 さっき門番に怒鳴られたこともあり椿は今にも泣きそうな表情を浮かべているが、目の前で起きていることを肯定はできなかった。

 すると、再び美春が前に出て言った。


「何があったかは知りませんが、お店を破壊し跪かせるほどのことなのでしょうか?」

「ほぉ~、楯突くか。この状態を見てもまだ吠えるものがいるとはな。威勢のいい女だ。この俺が貴族と知って言ってるのか?」

「貴族だろうと貧民だろうと関係ない。私利私欲のために他者へ迷惑かけることは許されない」

「ハンターは知恵が足りん。貴様らを雇うのも場所を与えるのも全ては貴族のおかげだ。生かしておいてることに感謝されてもいいくらいだ」

「言ってもわからないのですか……」

「だったらどうする? 俺はこいつに謝る気などさらさらないぞ」


 貴族は頭を伏せている店主の後頭部に足をおいて地面に押し付けた。


「町の子どもも見てるんです! 大人が道理に外れたことをしないでください!」

「ならかかってこい! この世界は口だけで世直しが出来るほど簡単じゃないぞ!」


 貴族は剣を抜いた。

 刀身は細身で刺すことに特化した形状をしているが、しっかりと刃もついており切断能力も備わっていることが伺える。

 

「そんなわからず屋は放ってはおけません!」

「来るかぁ? ハンター風情がッ!!」


 貴族は店主を蹴り飛ばし剣の先端から炎を放出した。


「ッ!?」


 美春は咄嗟に椿を路地へと突飛ばし炎を回避した。


「魔法など珍しくないだろう。それなのにいい表情をするな。まだ青いハンターか? ならじわじわと痛め付けてやろう」


 意表はつかれたがそれでも炎程度なら回避できると確信していた。ここにきてヨハネとのエキジビションマッチの効果が現れる。

 現実ベースで戦っては意表を突かれ負ける。しかし、自身もこの世界と同じ色に染まり感覚をあわせていけばとんでもないことが起きたときの備えになる。

 貴族は涼しげな表情で美春を見るが、美春もまた、小さく笑みを浮かべ貴族のことを見ていた。


「闘争本能が高い女だ。気に入った!」


 そう言いながらさらに大きな炎を美春へと放つ。現実の炎のような熱さはないが体力が消費すると同時に体は動かしづらくなる。

 さらに、攻撃の衝撃は伝わるためダメージを食らいながらの特効というのは難しい。

 だが、美春はゲームならではの戦い方を見せた。


「この程度切ればどうと言うことはない!」


 美春は居合の型をとり刀を引き抜くと瞬く間に数度、刀を振るった。すると、炎は切り伏せられ空中で消滅していく。


「魔力の炎を切るか……。中々に面白い! ならば剣術を披露してやろう!!」


 貴族は突きの構えで突撃してきた。

 想像していたよりも高速な突きが美春を狙う。


「意外にやる……」

「貴族が人の上に立つのは金や家柄だけじゃないんだよ。力があるからこそ人の上に立ってんだ!!」

 

 レイピアのようにしなる剣は刀で弾いてもすぐに襲いかかってくる。一撃一撃は軽く当たったところで致命傷にはならないが、隙を見せれば怒涛の攻めが襲いかかる。

 集中力を切らさずに隙を伺うのはそう長くもつことではない。


「刀とは渋い武器を使う女じゃないかぁ! しかし、如何なる素晴らしい武器でも所有者がポンコツならゴミ同然! 鉄屑よ! そんな貴様の師匠も余程ポンコツなんだろうなぁ! 何せ何も技術を覚えさせてはないんだからな!」


 その言葉が美春の闘志に炎をつけた。

 美春は貴族の大振りの攻撃に対し力強く弾いた。さらに峰打ちを一撃入れる。

 貴族は後ろへ倒れこんだ。


「私のことを何と言おうが別に構いません……。ですが、師範代は立派な人です! その言葉、取り消してもらいます!!」


 貴族は峰打ちをされた腹部を軽く押さえながらもスッと立ち上がった。


「だったら実力で示せ。今の峰打ちで防御魔法がとれた。あと一撃は食らわせてみせろ!」


 貴族は小さく言葉を発すると青いオーラを身に纏いさっきよりも動きが速くなった。

 速くなった状態から繰り出す突きの連続は日常生活では体験することのない異次元の攻撃。

 常人ならばガードするので手一杯になるが、美春はその次に対して対応すべく連続で弾き返していく。


「この動きについてくるか! 気に入った! 気に入ったぞ!!」


 刀と剣がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。

 美春と貴族が戦う中、椿は近くにバトルプレイヤーがいるのを確認した。

 第二戦で見た黒衣を身に纏う少年、茶色いポニーテールに手にグローブをつけショートパンツにへそ出しのトップス、デニムジャケットのような赤色のショート丈の服を身に纏っている少女、竹笠を深く被った袴姿の少女が美春の戦いを見ていた。


 激しい攻防を続けている美春と貴族。

 どちらかの集中力が切れた時点で勝敗は決する。

 その最中、美春はかつて師範代に言われたことを思い出した。


 それはまだ親友と共に鍛練をしていたときのこと。


「師範代! どれだけ速く打っても全部受け止められてしまいます! 桜に勝つためにどうすればいいんですか!」


 真夏の稽古場で人一倍稽古をして汗を滴しながら黒いポニーテールを揺らし師範代の前にやってきた。


「とりあえずは汗を拭け」


 師範代はタオルを雑に美春の顔へ投げつけた。美春はごしごしと顔を拭き改めて師範代に言った。


「桜を倒したいんです! 梅雨が開けてから一度も勝ってないんですよ!」

「美春、お前は物事の解決方法を一つに絞りすぎなんだ。確かに桜のガードや弾きよりも速く打てばいいんだが、その速さはすぐには身に付けられないだろう」

「だったらどうすれば……」

「相手をパターンに乗せろ。延々と続くように思わせるんだ。チャンスは一度だがパターンを崩した瞬間の相手は思考が止まると同時に二つの動きのどちらかをとる」

「二つの動き?」

「一つは停止。二つ目は同じ動作だ。人は無意識に相手の動きを予測する。パターン化されているなら尚更次も同じように来ると考える。そこが急に変われば状況判断が追い付かず止まってしまう。もしくは先ほどまでの体の動きをごく自然に繰り返してしまうって訳だ」

「パターンに乗せる……。やってみます!」


 師範代の教えはいつも確信に迫るための道に光を照らしてくれる。このときも、パターンに乗せるという大事なところは教えてくれたが、もっと大事な攻めの部分については触れていなかった。


 激しい攻防。

 油断などできない中、美春はピタリと止まった。


「何ッ!?」


 貴族は動揺すると同時に突きを放っていた。

 何度も同じ行動をしていたために、本来の攻撃という目的を忘れ、弾けれた剣の復帰ばかりに意思気が向いていたのだ。

 その好機を美春は見逃さなかった。

 刀を峰のほうへと持ち替える。


「桜に一撃入れたこの技なら!」


 貴族は再び峰打ちをされると身構えた。

 防御魔法でダメージはなかったが、刀で後ろへと飛ばされるほどの力。まともに受ければ一溜りもない。

 美春は力強く刀を振るう。

 甲高いが響き渡った。


「な、なに!?」

 

 美春は貴族ではなく、貴族の剣だけを弾き地面に落とした。

 貴族でありながら戦士としての誇りも傷つけられたと、貴族は怒った。


「貴様……この俺を愚弄するか!」

「そう思うならもっと気高く生きてください。上に立つのではなく前にたって気高く生きる姿をみんなにみせてください」


 相手はゲームの世界の存在。

 しかし、ゲームでも現実でも変わらないこと、それは己の信念を貫くことだ。

 ここで貴族を切り伏せることは容易い。

 しかし、ゲームの世界だとしても改心してくれるんじゃないかという希望を抱き、美春は止めを刺さなかった。

 美春は椿のもとへ戻った。


「す、すごかったよ!! もう見てて唖然としちゃったよ」

「まさかフィールドの下見に来たのにこんなとこに巻き込まれるなんてね」

「各地でゲリライベントが行ってるらしいよ。バトルプレイヤーはそれを制覇するとレベルが上がるんだって」


 美春のレベルも0から5へと上がっていた。

 このレベルはプレイヤー自身のステータスに補正をかけるものではなく、どちらかといえばどれだけ戦ったかを表す指標。このレベルが上がることにより高難易度のイベントにも参加できるが、現在ではまだそのようなイベントは発生していない。

 それでも、ほかのプレイヤーよりも戦い勝利を収めたことが一目でわかるため、ほかプレイヤーに対するちょうどいいプレッシャーにもなる。


「これで他の人よりも一歩リードだね!」

「そうだね」


 突如巻き込まれた貴族との戦いは無事に美春の勝利で幕を閉じた。

 椿はこの戦いで見ていたバトルプレイヤーがいたことを報告し忘れていたが、これが後に美春のピンチを招く事態になるとはまだ誰も知らなかった。

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