ワニに食われた誠意
黄色く濁った河のほとりで旅行中の若い夫婦が言い合いをしていた。
夫「旅に出たなら土地の女と寝るのは大切なことさ。旅先の懐の深さを知るならいちばんわかりやすいことなんだよ」
妻「それなら今すぐ私の貞操を解いてちょうだいな。あなたがそれを言うなら私にだって旅行の奥深さ覚える自由は認められていいものよ」
夫「君は僕の妻だよ。君が他の男に抱かれたなら僕が君を無償で愛する意味がなくなってしまうじゃないか」
妻「あなたに他の女の胸や腰やお尻を眺める自由があるように、私にだって逞しい青銅のような男の肉体にうっとりするゆとりが欲しいわ。性欲は男だけのものではないのよ。あなたが勝手をするなら私だって肉体的な欲望を解放したいわ。貞操は汚れるけど女の機能は壊れないのよ」
夫「僕は君といつまでも心で繋がっていたいと願ってこうして旅に出てきた。それがたった一晩のアヴァンチュールで君が僕だけのものでなくなるなんて悲しすぎる。僕は昨日たしかに土地の女と寝た。だけどそれはけっして君を忘れるためではないんだ。あくまで旅の情緒を深めたいだけなんだよ。ぼくの妻は君だ。愛しているのも君ひとりだ。これからもずっと。それは死ぬまで変わらないよ」
妻「その気持ちが本当なら、今すぐそこの濁った河の水を飲んで欲しいわ」
夫「飲めばいいんだね?」
妻「そうよ。おなかいっぱい飲むのよ」
夫「わかった」
夫は河の近くに寄って行って地面に両膝をつき、川面に口をつけてその濁った水を飲み始めた。
そのうち一匹のワニが河の中から顔を出し、夫の頭を咥えて彼の身体ごと黄色い河に引きずり込んだ。妻はそれを冷然と見ているだけだった。
(了)
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