第4話 変われない自分

冬場だというのに柊は随分と軽装だった。

ニットカーディガンをだらりと着こなしているからインナーキャミソールと肩の部分がしっかりと露出している。春先のファッションにしては随分早いが、彼女は別に寒そうにしていない。


「最後に会ったのは卒業式の日だったよね」


「え?あ、ああ。そうだったな。あれから3年も経つな」


まさか柊からその話題を振ってくるとは思わず少し驚いた。

あの日のことは柊にとっては思い出の一つになっている証だ。

あの日、一方的に別れを告げた俺に対して何も思うことがないようで、安心というか、複雑な思いが湧き上がった。


「顔を見てすぐハルカって分かったよ。髪型も変わっていないし。でも、大人な感じになってカッコ良くなった」


カッコ良い。

どれだけお世辞と分かっていても、好きだった女性から褒められると心臓が高鳴ってしまうのは仕方のないことだろう。


「全然違う人になってたらどうしようって思ったけど、安心しちゃった」


「俺は変わってないよ。柊は・・・随分と、変わったな」


「そうかな?まあ、女の子は1日もあれば色々変わっちゃうしね」


綺麗になったと、本当はちゃんと言うべきだったのかもしれない。

でも・・・もう赤の他人になった俺が、そんな言葉を口にして良いのかわからない。


さっきまでの殺気は何処へやら。柊は階段をゆっくりと降りて俺の方へと向かってくる。

彼女の顔が、表情がまたはっきりとわかってくる。


柊は・・・また一段と綺麗になって、一段と妖しくなっていた。

整った顔立ちはより大人びて、魅力が一段と高まったように見える。

昔と変わらない長くサラサラとしたストレートの黒髪だと思ったが、アクアブルーのインナーカラーが暗がりの中一際輝いていた。

タダでさえ自然と人を惹きつけるオーラがあるというのに、世の男性がほっとくわけにはいかない美しさだ。


すぐ側までやってきて、座っている俺と視線を合わせるように彼女も屈んだ。

髪が揺れ、彼女の匂いが伝わってきた。


「ごめん、ちょっと触るね」


「!、あ、ああ」


彼女の白く細い手が俺の腕に触れる。

必然的に接近した距離に多少ビックリしたが、照れるようなことはなかった。


手首から前腕部、上腕部と伝うように手を移動させる。

まるで何かを探っているようだった。


「何をしてるんだ?」


「・・・これは・・・」


彼女は集中しているのか俺の声に反応せずに腕を触り続ける。 

時折独り言が聞こえる。独り言をするような人だったんだ。

一、二分隈なく彼女は触り続けた。


「ありがとう、わかったわ」


何がわかったのだろう。スッと手を離して距離を置く。


彼女の行動にどんな意味があったのかわからない。ただ手を触っていたように見えたけれど。

彼女の突飛で理由の分からない行動は今に始まったことじゃないから別に良い。

それよりも、彼女のある部分から目が離せないでいた。


「・・・その肩の」


「ん?ああこれね・・・。本当は、こんなところに刷りこみたくなかったのだけれど・・・」


彼女の右肩あたり・・・何やら模様みたいなものがついている。

六角形、五角形、丸形が合わさって、その中に見たことない言語が書かれた模様だった。

どうやら・・・タトゥーだった。


「・・・」


別にタトゥーを入れる人間など珍しくもない。

ただ、自分とは生きている世界が違うと思っていた。

それを、柊が入れている。


目に見えて、彼女は変わった。

タダでさえ遠くに感じる柊が、もっと遠くにいるように感じた。


・・・今更、距離なんて考えても仕方がないのに。


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