第3話 変わらないもの

東堂柊。

浮世離れした、兎角美しい人。

一目見れば忘れることはできないだろうその美貌は、3年の時を経て輝きを増していた。


昼から俺の脳内を騒がしくしていた元凶はじっとキューを見ていた。

足が限界に来た俺は、ズルズルと手すりにつかまりながら腰を下ろすほかなかった。

俺を挟んでキューと柊が対峙している。


「ははは!へえ!もしやと思ったけど、お前がヒイラギトウドウか!要注意人物としてうちの本部でもマークしてるよ!」


何故か楽しげに話すキュー。

バスケットはもう跡形も無く消えてしまった。どう言う原理なのか全くわからない。

けれど、今更そんなことで驚くようなことは出来なかった。

さっきからずっと頭に何故何如何しての疑問符が飛び交っているからだ。


「なあレディ、俺はさっきから疑問でね。餌に反応して同業者や魔女がやって来るとは思ったが・・・」


ちらっと俺を見るキュー。餌って言うのはどうやら俺のことらしい。


「どうしていの一番にお前が来た?世界中を探しても消息不明だったお前が」


「質問に答える気はない。私が今望んでいるのは、キュー、貴方がここから立ち去るか、それとも血を見ることになるかだけ」


言葉に温度があるとするなら、凍て殺すことさえ可能だと思うくらいに低く冷たい言葉をキューに浴びせる柊。


ここまで冷徹な彼女を見るのは初めてだった。


両者はどちらも動くことはせず、俺も動くことができなかった。

ただ、俺の呼吸だけが耳に響く。


「ま!今日は仕方ない。退かせてもらうよ。こっちも急な内容だったし、ハルカクマダニに挨拶ができただけでも良しとするよ」


キューはパッと両手を頭まで上げて、柊の提示した選択の後者への意思がないことを示した。


「だったらその場から早く消えて、本部とやらに伝えると良いわ。ただし、それは私と争うことを表すのを忘れないで欲しい」


「・・・へえ。面白くなってきた。ハルカ、俄然君に興味が湧いてきたよ」


「!、キュー、貴方ハルカのこと・・・!」


「それじゃ!大人しく失礼するよ!グッバイ、ハルカ!」


ブワンっ


「!?」


キューの辺りだけ空間が捻れるみたいに歪み、文字通り一瞬にしてキューが消えた。


「やってることがめちゃくちゃだ・・・」


科学的に説明ができない現象を目の当たりして、今更つい呟いた。


狭い地下への階段に冷気が激しく入ってくる。

汗でぐっしょりと濡れたシャツが気持ち悪い。

まだ1月の中旬だというのに俺だけ季節を間違えているみたいだ。


・・・でも、さっきの男、キューは存在自体が間違っているが。

既にキューの気配らしきものはなく、俺と柊だけが地下階段に取り残された。


「・・・」


「・・・」


彼女の顔が月に照らされる。

先ほどから強い風で彼女の長い黒髪が不規則に揺れているが、それが彼女の可憐さ、儚さを演出するかのように似合っていた。


3年ぶりの対面がこんな形でなされるとは誰が予想できただろうか。

東堂柊。

俺がかつて恋をしていた相手。

今じゃもう他人だけれど。


どうしてここに、だとか、さっきの閃光は、だとか・・・魔女だとか、そんなことを聞く前に、言わなければいけないことがある。


「・・・えっと・・・まずはありがとう。俺を助けてくれた・・・んだよな?」


おずおずと、出口付近にいる彼女に声をかける。

状況は未だ飲み込めていないが、柊が来なかったら俺は良くないことに巻き込まれていたかもしれない。あのキューとかい言う男の眼を見てそう感じた。

彼女は命の恩人だ。


「そう、なるかな。ハルカ、ケガはない?」


「ああ、大丈夫だ。・・・柊も、大丈夫か?怪我はしていないか?」


「・・・大丈夫よ」


「良かった。・・・それと、まだ言っていなかったな。久しぶり、柊。俺も・・・会えて嬉しいよ」


「そう。良かった」


ニコリ、と柔和な笑みを柊は向けてきた。

彼女と会ったのも久しぶりではあるが、彼女の笑顔をこうして間近で見るのも久しぶりだった。

ミステリアスで、だけどその表情をしたら他のことなんてどうでも良くなってしまうほどに眩しい。

男女問わず、その顔に翻弄された。

以前と変わらない、俺の・・・好きな笑顔だった。


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