第12話 魔法使いとして

もう夜になろうと太陽が沈み始めている。

カラスの声がやたらに響く。有名な童謡の歌詞に添えば、お手手を繋いでもう帰宅の時間だ。

雲ひとつない晴れやかな一日が終わりへと向かおうとしている。


だと言うのに、目の前に現れた、明確な敵意を持つ奴によって面倒なことが始まってしまったみたいだ。

足元にうじゃうじゃと直視することが耐えられない虫を集めている魔法研究会の追っ手・・・チリンによってまだ長い一日になってしまいそうだった。


「ハルカクマダニが並外れた魔力を持っていることが突然判明したものだから、魔法研究会の直近30年の計画が一気に凍結されて、キミの確保が最優先事項になったんだよお。全く、何でそんな魔力、今まで気づけなかったかなあ」


全身黒づくめの服装をしたチリンが、独り言のように語りかける。


柊が一歩チリンへと前にでる。少しでも俺からチリンを見えないようにしたいみたいだ。

情けないことに、柊に手を繋がれたまま一歩も動けないでいた。

柊は、俺の盾になっていた。


「キューがキミを捕らえ損なったって聞いて本部に一体どんな言い訳をするんだろうって期待していたら、ヒイラギトウドウっていう魔女が敵対してきたっていうんだ」


「・・・」


「ボク達と一緒でハルカクマダニを捕獲するために現れたのかと思ったら、まさか協力関係にあるなんて!一体どんな魔女なんだろうっていろんな魔法使いに聞いてみたさ。そしたら、面白いことが聞けたよ」


面白いことを聞いたといってくるものは大概面白くないことを話してくる。

まだ四半世紀すら生きていないが、それだけは分かっていた。


「まだキミの年齢は20歳そこらと言うじゃないか。まだ魔法使いとして若いボクの3分の1しか生きていない魔法使いに、キューが退散したなんて!面白いよ。最近調子に乗っているキューを弄る材料ができたことに感謝したいよ」


はしゃぐ子供みたいにお腹を押さえてチリンは笑っていた。

こっちは案の定何も笑えない。

それに・・・チリンは60歳は超えている?

そのことに、ただただ驚いてた。


「そして、もっと面白いことは・・・魔女であると自覚したのが、たった3年前だと言うこと」


「え?」


ちらりと柊を見やる。冷めた顔をずっと前方に向けていた。

3年前って・・・まだ俺らが高校生の時だ。

その時、まだ柊はただの人間として生活していた?

俺と、付き合っていた時も?

だとしたら・・・具体的に、いつ魔女だと分かったんだ?

俺と別れた後?それとも・・・

緊迫した状況だと言うのに、チリンの言葉を考えてしまう。


「そんな子が、魔法研究会に楯突いた。一人の青年のために。

・・・どうしてかなあ。どうして、そんな弱い魔法使い一人のために、本部は監視に止めるように命令をしてきたのかなあ・・・」


ピリッと、チリンの纏う空気が変わった。

ただでさえ寒い1月の気温がガクッと下がったと思うくらい凍りついた感覚。

最後に告げたチリンの言葉には、俺にもわかるくらいの怒りが込められていた。


「言わなくてもわかるでしょ?貴女だって分かっているはず」


白い吐息が柊から漏れ出ていた。

正面のチリンを見据えて、髪を靡かせながら慄く様子もなく告げた。


「チリン、いえ、貴女に限らず魔法研究会の皆、私より強くないからよ」


きっぱりと、分かりきったことをと言わんばかりに言いのけた。


「・・・良いよお、ガキが吠えるねえ」


ズズズズ・・・


夥しい数の蟲が、チリンの周りを蠢き回る。

チリンの意識に反応しているのか、無数の眼らしきものを俺らに向けている。

その色は血のように真っ赤だった。


「エバックローチはこう見えて肉食でね。ハルカクマダニを捕獲しやすい蟲を選定したんだけれど・・・しょうがないか」


確かにエバックローチとやらは俺に効果覿面で、もし柊がいなかったらすぐに卒倒して難なく連れ去られただろう。

というか、あれがどう人を捕獲しやすい生物なのか理解できない。

・・・魔法使いを今更理解しようなんて思わない方が良いな。


「やっぱり命令なんか無視だ。ここで弱小魔女を殺して、被験体をさっさと本部に持って行こう。レイモンドも許してくれるはず。そして、ボクが魔力を多く手にいれるんだ」


開戦のゴングが鳴った。鳴ってしまった。

低く、冷たい声からは殺気を隠そうとしない怒りがはっきりと分かった。


こいつはヤバイ・・・。

空からの攻撃。直視することを体が拒むほどに気持ち悪い謎の物体。

そして、柊を本気で殺そうとしている魔法使い。


だけど・・・柊がいると、少し安心する部分もあった。

時折見せる勝気な彼女は、昔のまんまだった。

無性に、懐かしく感じてしまった。




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