第7話 またね


「・・・ごめん、ありがとう柊。取り乱した」


なんて情けない姿を見せたのだろう。

あとあとになってさっきまでの自分の言動が恥ずかしくなってくる。

穴があったら入りたい。


『もしかして・・・柊も、お前も俺を拘束してどこかに連れて行くつもりなのか!?俺と出会ったことも、付き合ってくれたことも・・・もしかして・・・!』


・・・なんて最低なんだ、俺は。

自分がここまで気持ちの悪い男だったとは。

パニックになったからと言って、疑心暗鬼になったからといって、言って良いことと悪いことはあるはずだ。

今更、俺は柊に何か答えてもらいたかったとでも言うのか。


「いい。私こそもっと上手く説明できれば良かった」


柊はさっきの発言に何にも思っていないようだった。

特に気にする様子もなく、柊は未だ俺を見つめていた。


肩のタトゥーが、月明かりに照らされて輝いて見えた。


深夜零時はとっくに回り、辺りに人っ子一人いやしない。

寒空の下、柊はずっと俺の手を握ってくれていた。

階段で座り込んで手を取り合う俺たちを誰かが見たら、一体どう思うんだろう。


「・・・ハルカ、少し痛くするけど我慢して」」


柊は顔を下げて、握っている手元を見る。

一体何を・・・。


「っ!、〜〜!!」


痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

腕が、腕が取れる!


柊が握っている手の当たりに締め付けられる痛みを感じ始めた。いや、締め付けるというより雑巾を絞るように手が捻られている感覚だ。

キューの時にやられた痛みとは、また別の痛み。

容赦のない痛覚が響くように続く。


「・・・った・・・!あ・・・!」


悲鳴をあげる余裕すらない。時折口から出てくるのは情けなく漏れた我慢の声。


やっぱり、柊もキューと同じく俺を連れて何かする気なのか?

一瞬、頭によぎる想い。

同じ日にこうも自分の手に痛みを与えてくることが重なれば、嫌でも考えてしまう。


『・・・大丈夫。私が、必ず何とかする。ハルカを危険になんて晒させない』

・・・あの言葉、真剣だった。

昔も・・・付き合っていた時も・・・あったな。


付き合っていた時の彼女を思い出す。

彼女の得体は今日をもって急激に不審になった。

けれど、彼女への信頼は今も変わらないことを、今はっきりと理解した。


「もう少し、もう少しだけ我慢して・・・終わったわ」


「!った・・・。はぁ。はぁ・・・」


痛みが和らいでいく。激痛が手に走ることもない。


「ごめんね。守るために必要なことだったの。頑張ったね」


未だ柊の手は俺の手を握ったまま。声も幾分か優しく感じる。


「一体・・・一体、何をしたんだ?」


「詳しくは言えない。けれど、あなたに余計な痛みが来ないように一時的なお守りを込めたわ」


「お守り?」


「そう・・・。今は、これが精一杯だけど、必ずあなたを救うから」


「?、わ、わかった」


柊の言葉の真意が分かりかねるため、曖昧な返事をせざるを得なかった。


「!、そろそろ行かなきゃ」


「え?」


するりと、彼女の手が離れる。

立ち上がった彼女は真っ暗な空を見つめていた。

何かを察知したようにじっと何も見えない空を見上げていた。


「・・・うん。行かなきゃね。じゃあね、ハルカ」


「い、行くって、どこに?」


「それは言えない。あなたにこれ以上の危険なことに巻き込みたくないから」


すた、すた、すた・・・


彼女は階段を上がり、出口へと歩きだした。

再び、距離が離れていく。


「お、おい!ちょっと・・・」


待ってくれ。行かないでくれ。


そう、口から発しそうになった。


「・・・」


「?、どうしたの、ハルカ?」


再び柊は俺の目をじっと見つめてくる。

吸い込まれるような真っ黒で綺麗な瞳は、俺が何を言おうとしているのかは理解できていないようだった。


まだ何の説明もされていない。俺はどうなる?柊は一体何者?どこにいた?どうして助けてくれた?聞かせて欲しいことがいっぱいある。だから・・・。


そういうニュアンスで伝えようと、発せられた言葉は、途中で別の意味に聞こえてしまいそうで詰まってしまった。

これじゃまるで・・・。


ただ柊を見上げるしかできなった。俺に、柊がふっと微笑んだ。

久しぶりに見る、彼女の笑顔は月のようだった。


「またね、ハルカ。あなたに久しぶりに会えて、嬉しかったよ」


ブワンっ


「!、消えた・・・」


キューと全く同じ方法で、柊は消えていった。

跡形もなく、さっきまで謎の化け物も、閃光もあった場所とは思えない静けさが辺りを支配していた。

残された俺は呆然と空を見上げた。


『またね』


「またね、か・・・」


あの日口にしたお別れの言葉を発した張本人から、まさか約束の言葉を聞くことになるなんて。

口からこぼれた言葉を聞いた人は誰もいない。


夜風が当たる。

また一人になった俺は、しばらくそこに留まった。

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