第58話 リンと獣魔族たち

「お兄ちゃんどうしたの!?」


 詰問しようとしたが、そのあまりの愛くるしさに、おもわず思考が停止する。


 兄のギルガメシュは鍛えられたそのボディーと健康的で艶やかな毛の、男らしいイケメン牛である。


 しかしこの子牛は、まるでビロードのよう滑らかでつやのある毛。長いまつ毛の下には宝石のような綺麗な金色の瞳がのぞいている。女なのか男なのか分からない中性的な顔立ちは将来美少年確定の子牛であった。


「なに、どこの子よ」


 思わず兄から子牛をひったくると、高く掲げる。するとそれはキャキャと可愛らしい笑い声をあげた。

 その時かぶっていたフードが背中に落ちた。


「────っ!!!!!!」


 現れたのは見覚えのある細くしなやかな黄金色のツノ。

 グルンと兄に振り替える。


「まさか…………」


 わなわなと声が震える。心の声がショックのあまり正常な思考を止める。


「その子は”リン”宰相様の──」

「聞きたくない!」


 エリザベスはリンを腕に抱いたまま、その場にしゃがみ込む。


「えっなんで?」

「でも、この子には何の罪もないわ」


 意味が分からず戸惑っているギルガメシュをおいて、エリザベスは目に涙を浮かべながら龍神族のツノを持つ牛魔族の子供を再び強く抱きしめる。


「立派な牛魔族として私が育ててあげる」

「いや、牛魔族じゃ──」


 それから誤解が解けるまで。まる一日かかったという。


☆──☆


「天使だ、天使がいるわ」


 カリンは前に宰相らしき男がいた庭園に再び来ていた。

 そしてそこに天使を見つけた。


「なにあの牛魔族の子供。ありえない、獣系のくせに、この私がこんなにも心をかき乱されるなんて」


 そういいながら先ほどから壁に隠れながらチラチラ覗き見ている。


 ”魅了”して持ち帰ってしまおうか。よこしまな考えが頭をよぎったがすぐに打ち消す。


「でも、何て可愛いの──っ!」


 魅了はしないが、もう一度見ようと壁から顔を出すと。刹那金色の瞳と目が合った。

 脳天を貫く衝撃。


「なにあの子、宰相様と同じ瞳の色って反則にもほどがあるわ。こんなの一秒だって耐えられない」


 おもわず半泣きでその場を走り去る。


☆──☆


「バース先輩」


 呼ばれて振り返りバースはギョッとした。


「どうしたピーク!?」


 ツーと流れる涙でをぬぐうこともせずに、ピークがどこか一点を見詰めている。


「僕、子供と目が合って泣かれなかったのも、笑ってもらえたのも初めてです」


 ピークの視線の先には、年のころはまだ3つほどだろうか、いつぞやみたことのあるような牛魔族に抱えられた牛魔族の子供が、こちらに向かってほほ笑んでいる。

 ピークが手を振ると、その子も手を振り返した。


「見ました、僕に振り返してくれたんですよね、あれ」


 感極まったというように、肘で顔を隠しながらピークは男泣きにそう言った。

 バースはそんな相棒の肩に優しく手をおいたのだった。


☆──☆


「子供ができてる」


 街で子供を抱いて歩いているギルガメシュをみて、ランランは持っていたクレープをその場に落とした。

 遠目でも子供の可愛さは一目瞭然。

 きっと”リーレン”との子なのだろう。果たしてあの子の親権は、”ラエン”との決着はどうなったのだろうか。

 ランランは何か悟った顔で空を見上げた。


☆──☆


「ギルガメシュこの子は?」


 ビアンが目を見開いて、その小さくて可愛らしい生き物を見た。


「親戚の子を預かっているんだ」


 そういって子供の頭を撫ぜながら話す。


「そうなんだ。しかしなんて綺麗な子なんだ」

「やっぱりそう思うだろ」


 親バカ丸出しの顔でギルガメシュが頷く。


「なんだか、また絵が描きたくなってきたな。今度その子をモデルに絵をかかせてもらってもいいだろうか?」

「たまに庭園を散歩しに来るから、その時だったら大丈夫じゃないか」

「ありがとう」


 ビアンはインスピレーションが高まったのか頬を高揚させてそう言った。

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