第53話 ギルガメシュとエリザベスとツノ

 宰相様のツノを持ち帰ったギルガメシュは、とりあえずそれを自分の部屋に置いてみた。

 

「お兄ちゃん、あれなんか良い香りするね。お香でも焚いてるの?」


 妹のエリザベスがそんなことを言う。


「いい匂いか……、良かったらいるか?」

「えっいいの?」


 しかし渡されたそれをみて明らかに顔が引きつる。


「お兄ちゃんこれどうしたの?」

「宰相様から貰った」

「貰ったって! これツノだよね!?」


 エリザベスが信じられないというような顔で兄の顔を凝視する。

 宰相には一度しか会ったことはないが、この枝のようで枝でない鈍く黄金色の光を放つものには見覚えがあった。


「また生えてくるらしい」


 いや、問題はそこじゃない。いやそこも大切だけど。一人パニックに陥る。


「だってツノだよ。ツノ? わかるTUNO」


 妹のいいたいことはよくわかる。ツノ持ちが自分のツノを触らせるだけでも色々条件があるのに、抜け落ちたものとはいえ、それを他人に与えるのはギルガメシュとしてもどうだろうと思うところはあった。


「なんか断り切れなくて」

「えぇ、でも、それって、いや、でも」


 エリザベスが顔を赤くしたり青くしたり忙しい。


「まさか、お兄ちゃん……」


 顔を真っ赤にしながら、口を押える。宰相にまつわる色々な噂が頭をよぎる。


「えっ、違うよね、でも、まさか、えっ、えっ──」


 頭を抱えてその場にしゃがみ込む。


「ど、どうした? 別に嫌なら断ってもいいんだぞ。もらったはいいが、なんかこの匂いを嗅いでいると、ずっと宰相様に監視されてるようで落ち着かないんだよな」


 別に嫌いな匂いではないが、ギルガメシュも腕を組みながらそんなことを白状する


「こないだもじいちゃんが、家に宰相様が来てると勘違いしてお茶菓子持ってきちゃったし」

「おじいちゃんにも見せたの?」


 エリザベスが急に顔をあげると、ギルガメシュを両手でつかんで訊ねた。


「いや、宰相様の落ちたツノなんて見せたら、じいちゃん説明聞く前にショック死しちゃいそうだから、その時は誤魔化した」


 兄にしては賢明な判断である。


「そう、それならよかった」


 エリザベスがほっと息を吐く。


「やっぱ、返した方がいいかな」

「えっ、でもそれはそれで……」


 可哀そうな気がする。だいたいこの呑気な兄の顔を見る限り、エリザベスが考えたような事態にはまだなってはいないようだし、ツノの生え変わりがある種族がツノを送るという意味もどうやら知らないようだ。


 エリザベスだって、そのことを知ったのはたまたまである。ランランから借りた「カクテルケーキ」さんの漫画に出てきた鹿種族の恋愛話を読んでからだ。


(まさか、宰相様が兄を……)


 鹿種族では雄が取れたツノを送るのは、永遠の愛の証明であった。


(でもあれは漫画、本当かどうかはわからないわ)


 少し冷静さを取り戻した頭で考える。


 宰相は獣系好きという噂。部屋は女魔禁制。思い返してみれば、兄が体調を崩したときにすごく気を遣っていた……


 冷静になって考えた結果、やはりそうだとしか思えない結論が導き出される。


(いい上司だと思っていたのに)


 ギリリと歯ぎしりをする。そしてキッとエリザベスはギルガメシュを睨みつけると。


「やっぱり私も返した方がいいと思う」


 多分兄になんの説明もなしにツノを渡したのだろう。そうでなかったら、いくら鈍感な兄でも貰ったツノを妹に持ってっていい。などと言わないだろう。

 でも、ツノを返したら悲しむだろうか、でも兄にまったくその気がないのなら、知らないままにこれをもらうのも違うと思う。


(あぁ、なんて罪作りな兄なのだろう。ショコラさんだけでなく宰相様まで……)


 エリザベスは、美しすぎる兄の姿がまぶしすぎて目をそらした。


「そうだなぁ、やっぱ返すか」


 宰相に多少の同情をしながら、エリザベスはそれに頷く。


「お兄ちゃん、もし宰相様が何かしてこようとしたら、セクハラで訴えます。ってはっきりいうんだよ」

「いや、えっ。セクハラ?」


 パワハラでなくて?


 善意でくれたツノをセクハラなんて。まあ確かに、その前に勝手にツノは握られたが。あれは宰相様の無知が招いたこと。昔からエリザベスはちょっと潔癖なところがあったが……最近ますます磨きがかかってきた気がする。


「大丈夫。(ツノを持ち帰ったのは)合意の上だから」

「合意……」


 額を抑え数歩後ろによろめく。そしてそのまま無言でエリザベスは兄の部屋をあとにしたのだった。

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