第52話 ティラミスの推測
「ラエン様? あぁ、あの綺麗な悪魔族のご子息。びっくりですよね、悪魔族の方があんなに綺麗で優しい方だったなんて」
「ラエン君? 綺麗なのは認めますが、何ていうか……それにここだけの話、悪魔族って”魅了”が使えるっいうじゃないですか、だからかなって……、でも悪い子ではないとは思いますよ」
クッキーとショコラから話を聞き終えティラミスは目をつぶった。
宰相様から、ツノは生え変わり時期で自然に取れたものだと説明されたが……
魂が抜けたように床に座り込んでいたギルガメシュの周りは、何かをぶちまけたような水滴が落ちていた。ギルガメシュの泣きはらした顔を見れば、それがなんだか一目瞭然である。
次に自然に抜け落ちたという割に、宰相様の頭からは明らかな出血が見られた。
ツノが生え変わる魔族は確かに存在する。知り合いの鹿魔族が、ある日突然ポロッと落ちるんだと言っていたのを覚えている。
「痛そうだね」と言ったら、「痛くはないよ。肉が盛り上がって自然に落ちるから。出血もないし」と言っていた。
でも宰相は確かに出血していた、だからこそあれは自然に落ちたのではなく、折ったに違いない。
そこまで考えてティラミスは一つの結論に達する。
「ラエンという悪魔族が宰相様のツノを折ったに違いない」
ツノのない犬魔族にはわからないが、ツノ持ちはツノにとてつもない愛着または執着を持っている。
それは各種族によっても多少の違いはあるものの、共通して大切にしていることは確かである。
なので鹿魔族も落ちたツノは必ず自分で持ち帰っている。
いくら貴族の子息とはいえ、気軽にあげれるようなものではない、それも龍神族など、もういないのではないかと、ささやかれている希少種である。
悪魔族が地方に飛ばされてから数百年。詳しくはわからないがいままで大きな争いが起きなかった方が奇跡だったのだ。
そしてここにきて悪魔族の子息がこの魔王城に客としてやってきた。それも宰相が直々に世話を焼くという好待遇。
魔力暴走後、また眠ってしまった魔王が次寝ぼけて魔力暴走を起こさないようにと、魔力を封じる離れに移ったと説明されているが、その後魔王の寝室として使っていた部屋をその悪魔族の子息が使っているのも考えてみたらおかしな話だ。
理由としては宰相がすでにそこで仕事をしていることと、魔王の寝室にはもともと色々な保護魔法がかかっているので、大切な客人を守るのに丁度いいという説明だったが、それにしてもだ。
しかも、そのことは魔王の寝室に出入りする秘書官と同じ階で働く数人の兵士たちのみに伝えられたことで、
ショコラやクッキーはそれを疑いもせず素直に聞いていたが、ティラミスは心の中では首を傾げたものだった。
確かに悪魔族の力は強大だと聞いているが、宰相がそこまでする必要があるのだろうか。
それにあれだけ、「魔王様のために」と仕事部屋まで移動させるような魔王第一主義の宰相が、別室に移ったとされる魔王の部屋に足繁く通っている様子が見られないのがそもそも異常だ。
(まさか魔王様はすでに……)
そこまで考えて自分の考えに思わず身震いする。
(いやさすがに考えすぎだよね──)
首を振って否定しようとするが、どうしても完全否定ができない。
(でも宰相様だって……)
神の名を冠する種族がどれほどの力を持っているか知らないが、魔王と宰相様は神に手をかけその力を奪ったとされる種族の子孫。
そうやすやすと負けるはずがない。
でも、魔王はまだ完全には覚醒できていないようだし。悪魔族は一人一人がここにいる下位・中位魔族が束になってかかっても敵わない強さだという。
(そんなの数で押しきれらたら敵うはずない)
ズンと落ち込む。
それでも一度は魔王が眠っている間に、宰相はこの土地から悪魔族を追い出した実力者のはずだ。
「だから余計におかしいのよ。なぜあんな子供一人に──」
そこでハッとする。
「もしや、魔王様が
ストンと何かが腑に落ちた。
「そうとしか考えられないわ」
では目的はなにか?
悪魔族は自己中的な者が多いと聞く。そのため単独行動は起こすが、皆で何かをやり遂げようという気質は乏しい。この都市のように、みんなで国を作ろうなど考えないし、逆に面倒くさがりなので頼まれてもやらないだろう。
自由に生きることこそが美学。
この国の乗っ取りが違うのだとしたら?
あれくらいの年の子供は自分の実力を試してみたくなるもの。
そして魔族は何より退屈や暇が嫌いだ。彼にとってはもしかして、これは一つのゲーム。それなら一人で乗り込んできたのも納得できる。
大きすぎるリスクとスリル。
「きっと暇つぶしなんだわ」
ティラミスは己のたどり着いた結論に恐れ慄きわが身を抱きしめた。
あのラエンという青年は自分の実力を試すため。ゲーム感覚で魔王城の乗っ取りを始めたのだ。
だから本来虫けらとしか考えていない下級魔族にまで、あんな笑顔を。
あれは愛想を振りまいているのではない、見下しているのだ、知らないうちに城を乗っ取られているとも知らず、自分を称える馬鹿な国民たちを。
ティラミスはそこまで考えて、頭を抱えた。
単独で魔王城を乗っ取り、支配する。それで満足して帰ってくれればいいが、もっとおぞましい、この魔都市全土を隷属でもさせようと考えていたら。
とどまることを知らない妄想が、恐怖となってティラミスを襲う。
ここまでわかっていながら、自分はどうすればいい?
なんの力もない下位魔族一匹。一体何ができるというのだ。
ティラミスはまるで迷子の子犬のようにクーンと小さく鳴いた。
(せめて魔王様の居場所がわかれば……)
魔王と宰相を取り戻せれば再起はあるはずだ。
ティラミスはこぶしを握り締める。
これは一匹の力なき犬魔族と、凶悪な悪魔族の青年との魔界の存亡をかけた戦いの始まりなのだ。
この日からティラミスの孤独で的外れな戦いが始まった。
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