第7話 エリザベスは確かめたい

「ねぇ、黒バラを取りに行くときってどんな時だと思う?」

「えっ、なになに、恋ばな~」


 さっきまでつまらなそうにファッション雑誌をめくっていたランランが、エリザベスの一言に身を乗り出す。


「誰からもらったのよ、いいなさいよ」

「私がもらったわけじゃないわよ」


 ムッとしたようにエリザベスが答える。


「えっ、まさかギルガメシュ様」


 口元を両手で覆いながらランランがさらに目を輝かせる。

 ギルガメシュとはエリザベスの実の兄である。魔王の世話係として魔王城に勤めていて、牛魔族の中ではエリート中のエリートである。またその見た目も白黒世界ではちょっと有名な美牛だった。


「相手は誰?」

「だから違うって、ただお兄ちゃんに黒バラの咲いてる場所を聞かれたから」


 口を尖らしながら口ごもる。


「じゃあもうぜったいじゃない」


 そう白黒の毛をもつ魔族の間で、白と黒の花は特別な意味がある。

 なかでも黒い花は数も種類も少なく、だいたい魔境の奥にしか生息していないものがおおいので、それをとってきて好きな相手に送るということはプロポーズと同じ意味を持ってくるのだ。それも黒バラ。魔境の中でも最北端にしか咲かない本当に貴重な花である。


「あぁ、ギルガメシュ様の御心をとらえたばかりでなく、黒バラまで取りに行かせるような雌はいったい誰なのかしら」


 ランランが夢見る乙女のようにうっとりとする。


「まさか、この私じゃ」


 ランランはいままでエリザベスの家に遊びに行ったことのある数少ない友達である、でもさすがに妹の友達、それ以前に白黒の毛は同じだが、ランランは牛魔族でなくパンダ魔族だ。


 しかしともエリザベスは思う。


 兄は少し変わっている。


 エリザベスとギルガメシュは牛魔族でも白黒の毛皮を持つ牛魔族だ。

 魔族は進化前や進化後の同系列で結婚することが多いが、全く違う種族とも子を残すこともある。

 しかし牛魔族は同族にしか恋愛感情をもたず、さらに同じ毛色を好むものが多い種族でもあった。

 しかし兄のギルガメシュは白黒の毛並みだけでなく、茶色の毛を持つ牛魔族の女性を神秘的だといったり、牛魔族の進化系にあたる闘牛魔族のような、頭の中も筋肉しか詰まってなさそうな黒い肌の女もエキゾチックという。そんなんだから、あれだけの美と地位をもっていながら、同じ白黒牛魔族の中から恋人ができたことがなかった。

 だからといって他の雌たちからは遊び相手にされても、結婚まで話が進むことはなくいまだ独身貴族を通していた。


 その兄が、いきなり黒バラの生息地が知りたいといってきたのだ。エリザベスは内心穏やかでなかった。

 かっこよくて魔王城でも働く兄を口には出さないが尊敬しているのだ。


「どこの馬の骨ともわからない雌にお兄ちゃんは渡せないわ」


 エリザベスの瞳に小さな嫉妬の炎が灯る。


☆──☆──☆──☆


「宰相様~」


 両手いっぱいに花を抱えた牛男が魔王の寝室を訪れる。


「これなんか、魔王様の髪に似合うと思うのですが」


 そう言って、小さな白いカスミソウと黒いバラを宰相に手渡す。


「うーん。確かにこの白いカスミソウは魔王様の真っ赤な髪に似合うが。これはないな」


 そういうと宰相は黒いバラだけ、牛男に突き返した。


「えー、似合うと思って頑張って取ってきたのに」


 牛魔族はあまり表情筋がないので、宰相には今どんな気持ちで牛男がそういったかはわかない。ただそのうなだれた様子に、仕方ないとため息をつくと一輪だけ魔王の角の近くに黒いバラを刺す。


「わぁ。やっぱり似合います」

「そうか、ちょっと毒毒しくないか」


 ふわふわの赤いくせ毛にちりばめられた白い可憐なカスミソウ、そこに一輪だけ咲く黒いバラ。


「芸術的だと思いますよ」

「魔王様は何をつけても似合うが、これはちょっと悪女っぽくならないか、カスミソウだけのほうが清楚で可憐な感じがしていいと思うのだが」


 魔王様は自分の髪がどんなふうになっているかもしらず、今日も甘い香りに包まれてスヤスヤと眠っている。

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