第8話 魔王様目を覚ます

「宰相様」


 すっかり魔王の髪の毛をアレンジすることに目覚めた二人が今日も朝から魔王の髪を結いあげる。


「妹から聞いたんですが、今こんなのが流行っているようですよ」


 そう言って見せてくれた雑誌には、髪と一緒にカラフルなリボンや宝石、パールをちりばめた馬魔族たちのモデルが載っていた。


「リボンと宝石か。確かに魔王様の髪を一層華やかにしそうだな」


 そうして早速二人は作業に取り掛かる。


「すぐに紐を通せそうなのは、これくらいですね」


 牛男が宝石箱の中から持ってきた、の真珠をちらりと見て。宰相は訝し気に牛男を見上げる。


「本当です。ほかの宝石は穴が開いてないので、リボンを通して髪に結ぶことができないのです」


 わざとではないとぶんぶんと首を振る。


「まぁいい。魔王様は何でも似合うから」


 そういうと、器用にリボンに一つ一つ真珠を通していく。そしてそれを魔王の髪に絡めながら編み込んでいく。


「出来た」


 宰相が渾身の出来に初めてにやりと笑った。


「さすが宰相様」


 牛男も満足げだ。

 そして牛男はいつものように、上半身を起こしている魔王をそっとベッドに寝かせた。

 その時だった。


「うぅぅ」


 急に魔王が眉間に皺を寄せ唸った。そしてパチリと目を開けた。

 牛男はその時初めて魔王の瞳が髪と同じ燃えるような炎の色だということを知った。

 魔王が目を覚ましたことに気が付いた宰相が何か言うより早く体を起こした魔王の手刀が風を切った。


 真っ赤な血が飛び散る。


「ギルガメシュ!」


 宰相が叫んだ。

 牛男ことギルガメシュが振り返る。その頬を涙が伝う。


「宰相様!」


 そしてそのまま床に倒れこむ。


「ギルガメシュ!」

「こんなのひどい」

「ギルガメシュ?」


 床に倒れたギルガメシュはうめき声をあげるでものたうちまわるのでもなく、床に這いつくばったまま、飛び散った赤い何かをかき集めている。


 よく見れば床に飛び散っているのは血ではなく、魔王様の真っ赤な髪だった。そしてその中にはさっきまで魔王様に編み込んでいた真珠とリボンもあった。


「魔王様の御髪がー!!」


 ギルガメシュはそういうと、両手いっぱいのそれを掲げる。


「牛男、怪我は?」

「毛皮? いや魔王様の髪の毛です」

「…………」

「…………」


 自分の勘違いに気が付き、宰相が顔を覆う。


「宰相様?」

「なんでもない」

「それより、今あっしのことギルガメシュって」

「言ってない」

「いや、確かに、さすがに三回も呼ばれたら聞き間違えじゃないって」


 言いかけたが、ぎろりとにらまれ言葉を飲み込んだ。


 はぁ、と宰相がため息をつく。そしてすやすやと寝息を立てる魔王様の寝顔を見る。

 どうやら髪につけた真珠が横になったときゴロゴロして嫌だったようだ。


「これは、明日にでも綺麗に整えなくては」


 無造作に切られてしまった髪を見ながら。宰相がつぶやく。


「せっかく綺麗だったのに」


 ギルガメシュも残念そうに肩を落としている。


「ところでこの髪は」

「そこの空いてる箱に入れといてくれ」

「……あの、1束もらっていってもいいですか?」

「……あぁ、1束ぐらいなら、持っていけ」


 魔王の髪は魔力を帯びている。煎じて飲めばなくなった魔力を補充してくれるし。使い魔の対価としても役に立つ。これくらいの報酬なら牛男にやってもいいだろう。


 牛男はぺこりと頭を垂れると、三つ編みの部分を一束丁寧にハンカチに包むと懐にしまった。


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