第6話 魔王様髪を切……

 宰相は一通り体をぬぐい終わると、ふうと息を吐いた。それから今度は櫛を手にし魔王の癖の強いふわふわの赤髪を丁寧に梳く。


「だいぶ伸びましたね」


 眠っている魔王に話しかけながら。

 眠っているので髪の伸びる速さもゆっくりだったが、それでも100年に一度は手入れが必要だ。


「少し切りましょうか」


 返事はない。


「それでは準備をしますね」


 そういうと宰相は部屋を掃除していた牛男に散髪の準備をするように声をかけた。


「さて、どれくらい切るか」


 若返りのせいか、無駄に艶やのあるくせ毛を手で持ちながら宰相は考えを巡らす。


☆──☆──☆──☆


「お待たせいたしました」


 散髪のためのハサミなどをお盆に乗せた牛男が、「宰相様?」ともう一度声をかけた。

 宰相は牛男が戻ってきたことに気が付いていなかったようで、飛び上がるのではないかと思うほど、体をビクリと揺らせた。

 そして慌てて言い訳を口にする。


「ち、違うんだ、せっかくこんな長く伸びたのだし、どんな髪型ができるかなと」


 なにが違うのか、言い訳にすらなっていない。本音ダダ漏れである。

 ベッドの上で上半身を起こされた状態の魔王のふわふわの赤髪は、先ほどまでと違って見事に編み込まれていた。


「宰相様は器用ですね」


 馬鹿にされるかと思ったら牛男が感嘆の声を上げた。


「そ、そうか、まあ、確かにうまく編み込めたと私も思っていたが」


 満更でもないのだろう宰相が口元を手で覆い隠す。


「へえ、牛魔族は魔王様や宰相様のように頭の毛だけが長くなったりしないもんですから、いままでそんなふうに髪を整えようなんて思ったこともなかったです。こうやってみると、長い髪っていうのもいいものですね」


 牛魔族の中ではこの牛男ことギルガメシュは芸術を愛する牛だった。


「そうだ、そこにこの花なんかも一緒に編み込んだらさらに美しくなられるのではないですか」


 朝花瓶にさした、色とりどりの花たちを指さす。


「うむ、そうだな。牛男、おまえ牛魔族のくせに、なかなか見どころがあるな」


 もし村で同じことを言ったら奇異の目で見られただろうことを、宰相に褒められて、牛男は照れたように頭をかいた。


「よし、それをもってこい」


 牛男はハサミの乗ったお盆をテーブルに置くと代わりに花瓶を持っていく。


 そして──


「出来た!」

「素晴らしいです宰相様」

「うむ、魔王様がより華やいで見えるな」


 魔王の髪に織り込まれた可憐な花たち。

 美しく着飾ったエルフさえ、超える美しさだ。

 満足げに宰相が頷く。


「ところで、宰相様、髪を切るっていうお話は……」

「あっ……」


 牛男と目が合う。そして無言で頷きあうと、牛男は持ってきたハサミの乗った盆をそのままもって部屋を去っていった。


「まあ、髪はいつでも切れますから。起きたら切りましょうね。魔王様」

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