ラスト ファナティック スタンディング

南木

ラスト ファナティック スタンディング

「ごきげんよう菜月さん、今日もお早いのですね」

「おっすサキエーっ! 今日も掃除早く終わっちゃったからなっ!」

「……お掃除さぼっていませんよね?」

「細かいこと言うなって!」


 生徒会長の伊藤いとう 咲枝さきえが生徒会室に入ると、そこにはすでに親友の天海あまみ 菜月なつきが、机の上に腰かけて待っていた。

 由緒ある女子高の生徒であるにもかかわらず、制服を着崩して、スカート丈も校則ギリギリまで詰め、校則にないことをいいことに髪をピンクに染めてネイルや化粧もばっちり決めた菜月――――彼女は咲枝を見るや否や、いたずらっぽい笑みを浮かべて絡み始めた。


「それによぉ、アタシは一秒でも早くサキエと二人きりになりたかったんだぜ☆」

「そ、そんなことを言われましても…………」

「へっへっへ~、もう放さない~サキエが全部さ~♪」


 後ろから抱き着かれながら、まるでぬいぐるみにするように顔をすりすりしてくる菜月に、咲枝は顔を真っ赤にしてアワアワするばかり…………だが、迷惑という訳ではなく、どこかまんざらでもなさそうだった。


 菜月とは対照的に、全生徒の模範になると言われるほど礼儀正しく大人しい咲枝だが、どういう訳かこの二人は1年生で同じクラスになって以来、非常にに仲が良かった。

 おそらく二人とも、自分にないものをたくさん持っているもう一方に惹かれるものが多いのだろう。

 この学校にも生徒会と生徒会室があるものの、基本的に生徒会の仕事と権限は極端に少ないため、今ではよほどのことがない限り生徒会室はこの二人の専用室と化しているのである。


「それより聞いてくれよサキエー。この所、アタシがずっと読んでる『ラスト・スタンディング』が全然更新されねーのよ。続きが気になって気になって、仕方ねーのによぉ…………」

「そういえば菜月さんは携帯小説の大ファンでしたね。初めて知ったときは、まさか菜月さんが……と思いましたが」

「うっせ。そりゃぁサキエみたいなムズイ本はさっぱりだけど、アタシだって日本語読めるんだぜ!」

「それはそうですけど…………」


 基本的に凸凹コンビの二人だが、数少ない共通の趣味に「読書」がある。

 とはいっても、親が文学者である咲枝は読む本もお堅いものばかりだが、菜月が読んでいるのは、いわゆる「ケータイ小説」と呼ばれるインターネット投稿小説で、女性視点から描いた読みやすい恋愛小説ばかりだった。


 その中でも菜月が特にお気に入りなのは、彼女が高校に入ってしばらくして連載が始まった『ラスト・スタンディング』という作品だった。


 内容は、地味で自分に自信が持てない主人公の女の子が、偶然クラスで一番のイケメン男子と仲良くなり、そのまま恋心に発展していくというものだった。

 導入はベタでありながらも、好きな相手と交流を重ねていくうちに、主人公自身も成長して徐々に自信をつけていくが、それと同時に男子がほかの女子と話していると嫉妬するようになり、そんな自分がある日醜く思えて自己嫌悪に陥って…………と、恋愛を通して大きく揺れる一人の女の子の心を、良くも悪くも大きくとらえた一作である。


「アタシはこれ以上の傑作はしらねぇし、本になってもおかしくねぇと思うんだけど、なんでか作者が感想を受け付けてねぇからあまり評価されてねぇんだよな。サキエはどう思う?」

「私、ですか…………私はあまりこういった小説を読まないので、何とも言えないのですが、その……ある意味リアリティはありますが、恋愛小説としてはありがちと思います」

「ま、本格的なものを読んでるサキエだと、やっぱものたんねぇか」

「逆に聞きますけど、菜月さんはどうしてこの作品が好きなんですか? 菜月さんのような人は、このような弱気で臆病で優柔不断で、そのくせ調子に乗りやすく嫉妬深い女の子は共感しにくそうですが」

「おいおい……そこまで言うかよ。っていうか、サキエもなんだかんだ言って読んでるだろ」

「ええ、菜月さんに何度も見せられましたから」

「それもそうか」


 甘い展開が多い恋愛小説の中にあって、この『ラスト・スタンディング』という作品は主人公の負の面がかなり取り扱われている。

 それがこの作品の最大の魅力であると同時に、最大の批判点でもあり、魅力がないなりにあがこうとする主人公に共感するという声もあれば、咲枝のように主人公が情けなくて見ていられないという声も根強い。


「この作品がなかなか人気が出ないのも、おそらく流行からだいぶ外れた内容だからでしょう。これがひたむきで何事も頑張る少女でしたら、読者も応援のし甲斐があると思いますが、それをあえてこのような形にしているのであれば、当然感想は批判で埋まると思います。この作品の作者も、きっと批判を受け入れるだけの強い気持ちがないゆえに、感想を受け付けていないのでは?」

「ははは、本のことになるとやっぱり毒舌だな、サキエは! でもよ、だからアタシはこの主人公のことがほっておけないんだよなぁ。こいつは好きな人のために努力してるわけだし、嫉妬できるようになったのも、成長して自信がついたからだってわかる。アタシはこの主人公の「本気」なところが気に入ってるんだ」

「本気……ですか」

「なんつったって、好きな奴がスゲェ完璧超人だろ? アタシはああいったやつはどっちかってと好きじゃねぇけど、きちんと主人公のことを気にかけてるし、時々主人公の気持ちに気づいてんじゃねぇかって思うこともある。片思いのように見えて、案外両思いなのかもな」

「そう、ですか…………」


 なぜか咲枝は少々困ったような顔をしながら、頬を赤く染めるが、菜月はそれに気づかず、更に話を続ける。


「アタシもこの二人がいつ結ばれるのかワクワクしてんだけど、かといって完結するのももったいないって思うし、何ならあと5年くらいつづかねぇかなって」

「……更新が滞っているのは、もしかしたら作者にも事情があるのかもしれませんね。書く時間が取れなくなったのか、はたまたこの作品自体に嫌気がさしたのか…………」

「ええっ! そりゃこまるよ! 忙しいならまだしも、作者が自分の作品を嫌になるなんて、ありえねぇ!」

「とはいえ、作家とはえてしてそのようなものです。彼らも人間である以上、気が変わってしまうこともあるのかもしれません」

「くそぅ……アタシは絶対に作者さんに書くのをやめてほしくねぇ! アタシはこの作品が大好きなんだ! なんというか、あたしの心にクルものがあるんだ! アタシのこの気持ち、作者さんに届けてぇのにっ!」

「菜月さん…………」


 このままでは、お気に入りの作品を読むことができなくなってしまう――――何とかして気持ちを作者に伝えたい菜月の顔は、さながら恋する乙女そのものだった。


「……大丈夫です、菜月さん。このサイトなら、奥の手として、運営宛にこの作品の感想を作者に届けてほしいという要望を送れば、作者に感想が届くかもしれません」

「マジか! その手があったか! ってかよく知ってるなサキエ!」

「あ、あくまで一般的なサイトであれば、共通している仕様なので…………ですが、菜月さんのその強い思いは、そこまでしなくても作者に届くと思います」

「ははっ、そうだと嬉しいなっ! やぱりサキエに頼って正解だったぜ!」

「ふふっ、お役に立ててうれしいですわ」



 菜月はその日のうちに、運営宛に『ラスト・スタンディング』あての感想を届けてほしいと依頼し、それが受け入れられると―――――彼女の思いが作者に届いたのか、その日のうちに1週間止まっていた更新が再開されることになる。



「聞いてくれよサキエーっ! アタシの思いが届いたっ! 『ラスト・スタンディング』の更新再開だっ!」

「おめでとうございます菜月さん。きっと作者さんもうれしかったでしょう」

「ああ、本当ならもっといろいろ書きたかったんだが、アタシはほらバカだから、サキエみたいに気が利いた文章書けなくてさ、それが少し心残りっていうか……」

「そんなことありませんよ。言い回しがなくても、文章から十分気持ちが伝わったのでしょう。特に「読者の最後の一人になっても応援し続ける」という言葉は、タイトルの『ラスト・スタンディング』に掛かっていて、とても素敵だと思いますわ」

「それならよかった! …………って、なんでサキエがそれを知ってるんだ?」

「えと、それは…………なんとなく、菜月さんが書きそうだと思いまして」

「なるほど! さっすがサキエ! アタシのことわかってんじゃん!」

「いえ……」


 更新再開を喜ぶ菜月を見て、咲枝もどこかほっとしたような表情をしていた。


「ここまで強く応援してくれる人がいるなら、作者もきっとこれから頑張って更新しようと思うはずです。感想欄も解放したようですし」

「えっへっへ~! 感想書き放題だ! これからも大好きなものは大好きだって言い放ってやるっ!」

「ああ、今のセリフいいですね。二人が結ばれた後も続けられそうです」

「そうそう、主人公が結ばれても続きを…………ん?」

 

 何か違和感を感じた菜月は咲枝の顔を見るも、咲枝はなぜか恍惚とした表情を浮かべていた。その顔をみた菜月は、少しドキッとしてしまう。


「ふふふ、そろそろ勇気を出しても、いいのかもしれませんね♪」

「おー、サキエ? どうしたー?」

「いいえ、何でもありません。ただ、好きなものを素直に好きと言えるのは、素晴らしいなと思っただけです」

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