No.53:3月2日


「でもそれと同時に、やらないといけないことがたくさんあるの。それは英語版Webサイトと国際学科のWebサイトの整備、それにSNS対策なんだ」


 なるほど、それは理解できる。

 うちの学校のWebサイトは、英語版がない。

 交換留学先となるアメリカの高校向けにも、英語のサイトは必須だ。

 もちろんSNS対策も必要になってくるだろう。


「これから私が中心になって、英語の動画も撮って行こうと思っているの。でも動画を編集したりとか、SNS配信や広告代理店との仲介役をサポートしてくれる人が必要なの。で、それにぴったりの生徒が1名いるわけ。しかも経験者でね」


「なるほど。いますね、ひとり」


「翔君」


 すみかさんは、僕の顔を正面から見据えた。


「私と一緒にこのプロジェクトに参加してほしい。翔君に、このプロジェクトを手伝ってほしいの」


「喜んでお手伝いしますよ、すみかさん」


 僕は即答した。

 断る理由はどこにもない。


「特別推薦がなくなった分だけ僕も勉強時間が必要ですけど、それくらいだったらお手伝いできます。全然問題ありません」


「あ、そうだ。その特別推薦枠なんだけどね」


 すみかさんの目が真剣になった。


「私ね、校長先生からこう言われたの」


「?」


「今度はお前さんが瀬戸川君をサポートする番じゃぞ、って。意味分かる?」


「……サポート……ですか?」


 どういう意味だろ?


「そう。今回校長先生は、随分ゴリ押しをしてまで私を採用してくれた。その分、翔君の特別推薦まで押し通すのは難しい状況になった。ここまではいい?」


「はい、そういうことだと理解してます」


「でももし私がこのプロジェクトを完璧に仕上げて、生徒からの授業の評判も良くて……ってなったら、周りの見る目が変わってくると思うの。この人材を採用してよかった、校長の目に間違いはなかったって」


 なるほど、確かにそれは道理だ。

 それにすみかさんだったら、そうなる可能性の方が高い。


「そしてそのプロジェクトをサポートした生徒がいる。その生徒は学校の英語のWebサイトや国際学科のサイトの整備に携わり、SNS対策に尽力して国際学科の前評判を高める功績を上げた。しかもその生徒は、昨年受験出願者数を前年対比で4倍にした生徒だとしたら」


 僕は唾を飲み込む。


「合わせ技で総合的に考えて、その生徒は特別推薦枠を得るのにふさわしい生徒だと思わない? 誰にも文句を言わせないような」


 なるほど……そういうことか。


「翔君、覚えておいてね」


 すみかさんの眼光に迫力が増した。


「私、翔君に特別推薦枠を絶対取らせるから。何があっても、どんな手を使ってでも、私の全てをかけて取らせるから。他の生徒なんかに、絶対に取らせない。今度は私の番だから」


「すみかさん……」


「これはね、私と校長先生の総意なの。本当に大崎校長には感謝しないといけないわね、私たち」


「本当にそう思います」


 ここまで僕のこと、いや僕たちのことを思ってくれるなんて。

 でも元はといえば、父さんと母さんが校長と懇意にしていたからなんだ。

 そういう意味では、父さんと母さんに感謝しなくちゃ。

 縁って本当に不思議だな。


「もちろん翔君にも、頑張ってもらわないといけないわよ。でも私も校長先生も全面的にバックアップするから。もし反対する男の教職員がいたら、私、その人と寝てもいいわ」


 とんでもない事を言い出した。


「何言ってるんですか。自分だって経験ないくせに」


「えっ? あ、そうだった……初めてで……いや、初めては……初めては、やっぱりイヤ!!」


 どうしたの?

 顔を赤くして、体をよじっている。


「まあ現実的にそんなこと起こらないでしょう」


「そ、そうよね」


 すみかさんは顔を赤くしたままだ。

 まだ何か言いたそうだ。


「どうしたんですか?」


「翔君、あのね……」


 すみかさんが、何か言いよどむ。


「3月2日……」


「3月2日? 先月の? 何かありましたっけ」


「違うの! 来年の3月2日!」


 声が大きい。

 どうしたんだろう。


「何の日だか分かる?」


「……いえ、わかりません」


 多分、僕も含めてみんな大学とか決まっている時期だと思うけど。


「卒業式だよ。翔君の」


「あー」


 なるほど。

 確かにそれぐらいの時期だろう。


「それでね……その日の夜にね。私、翔君のアパートに行くから」


「はい?」


「行って、翔君に告白するから!」


「はいぃぃ??」


 僕も大きい声が出た。


「い、一体どうしたんですか?」


「こ、言葉どおりよ!」


 すみかさんは、相変わらず顔が真っ赤だ。


「それって……その……告白の予告……みたいなやつですか?」


「そ、そうとってもらって構わないわ。だ、だから……ちゃんと返事、考えといてね……」


「そこまでしなくたって……」


 僕は嘆息する。

 すみかさんに、ここまで言わせてしまった。

 今度は僕の番だろう。

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