最終話:今日だけなんだからね……


「そこまで待たなくても……僕だって……その……すみかさんのこと、好きですよ。女性として。知ってますよね?」


「ごめんなさい! あなたの気持ちは受け取れません!」


 即答の一刀両断だった。


「えっ? ちょ、ちょっと待って! 僕、この流れで振られるんですか? おかしくないですか?」


「そりゃそうでしょ? 当たり前よ、翔君。よく考えてみて」


 すみかさんの表情が、急に穏やかになった。


「特別推薦枠に該当する生徒は、第一に品行方正を求められるの。女教師と恋仲かもしれないとか、そんな噂が万が一にでも立ってしまったら、もうそこでアウトなのよ。わかるわよね?」


「あー……」


 そうか、なるほど。

 確かにその通りだ。


「じゃあ僕は……さらにあと1年間、お預けを食らうわけですね」


「ご、ごめんね……」


 すみかさんは、しょんぼりする。


「咲楽にも言われたの」


「咲楽さんに?」


 どうせ、ろくでもない事だろうな。


「翔君ぐらいの思春期の子をあんまり我慢させると、口から精液が漏れ出して口臭がイカ臭くなるって」


「現代医学どこにいった?」


「その日の卒業式は、昼の部と夜の部の2回だからね」


「聞いてるこっちが恥ずかしいです」


「それまで頑張って我慢してね。ちゃんと行くときには避妊具持っていくから。最低3箱は」


「多すぎでしょ!」


「え? そ、そうなの? でも咲楽は翔君だったら、3ダースは用意しとけって……」


「僕はマシンですか?」


 しかも6個入りかと思ったら、12個入りだった。

 咲楽さんの元カレって、どんな性豪なの?


「……いまのアパートね、寂しいんだよ……」


「すみかさん……」


「翔君がいないの」


「僕も寂しいですよ」


「朝起きても、夜寝るときも、ご飯食べるときも、翔君いないんだよ」


「僕も同じ気持ちです」


「翔太郎君の前で裸になってもね。翔太郎君、顔色一つ変えないんだよ」


「顔色変わったら、除霊してもらって下さい」


「翔君の作ってくれるご飯食べたい」


「僕も一緒に食べたいです」


「焼肉ライスバーガー、食べたい」


「業スーに売ってますよ」


「チャーハン、食べたい」


「それも業スーに売ってます」


「餃子食べたい」


「さっきから全部、業スーの冷凍食品ですよね? 僕、もっと他にも作ったと思うんですけど」


「お姫様抱っこ、してほしい」


「すみかさん……」


「翔君の肩の上で、同じベッドで朝まで眠りたい……」


 すみかさんは頬を紅潮させ、潤んだ目で僕を見つめている。

 なんていうか……ものすごく色っぽい。


 ここは進路指導室。

 僕とすみかさんの二人きり。

 机一つ挟んだ距離。

 形の良い艶やかな唇に、僕の目は奪われる。


「……やっぱり、ほっぺただけじゃ、いやです」


「!」


 すみかさんは、驚愕で目を大きく見開いている。


「お、起きてたの?」


「はい。なんか気配を感じたんで……」


 顔を赤らめて下を向いたすみかさん。

 急にモジモジしだした。


「もう……今日だけなんだからね……」


 すみかさんの顔が、僕の方へゆっくりと近づいてきた。

 僕は椅子から少し腰を浮かせる。

 机越しに、顔をすみかさんの方へ近づけた。


 二重瞼のきれいな目が、ゆっくりと閉じられる。

 すみかさんの吐息を感じる。

 すみかさんは、少しだけ頭を傾けた。


 僕の唇とすみかさんの唇が重なった。

 一瞬のような、永遠のような。

 初めてのキス。

 すみかさんの唇は、とても柔らかかった。


 顔が離れて、すみかさんはうつ向いた。

 頬がまだピンク色のままだ。


「続きは卒業式まで我慢してね」


「お盆とお正月だけでも、ダメですか?」


「もう……お墓参りじゃないのよ。それに……」


 すみかさんは上目遣いで僕を見上げる。


「我慢するのは、翔くんだけじゃないんだから……」


 そう言うと、ふわりと柔らかい笑顔を浮かべた。


 ああやっぱり……。

 僕はこの人が、大好きだ。


「じゃあもう行くね。またLimeで連絡するから」


 そう言ってすみかさんは、いそいそと出ていってしまった。



 僕は大きくため息をついた。

 あと1年の我慢か……。


 それでも学校へ来たら、すみかさんに会える。

 新しいプロジェクトを通じて、また二人っきりになるチャンスもあるかもしれない。

 そうだ、悪いことばかりじゃない。


 僕は今から1年後の卒業式が、待ち遠しくて仕方なかった。



ー FIN ー


※次話「御礼と新作のご案内」も、是非御覧ください。


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