No.49:僕はやっぱり寂しいや
春休みの間、僕はできるだけバイトのシフトを入れるようにした。
とにかく何かをしていたかった。
何もしていないと、常にすみかさんの事を考えてしまうからだ。
確かにLimeをすれば返事をくれる。
でも僕の部屋には、すみかさんはもういない。
一緒にご飯も食べられない。
シャワーの後の、あの無防備な姿も見られない。
やさしい声も聞こえない。
僕は寂しさで、押しつぶされそうになる。
食事が喉を通らない。
何を食べても味がしない。
事情を聞いて、心配してくれた智也と亜美が遊びに来てくれた。
僕はげっそりと、やつれていたようだ。
一緒に食事をして、話を聞いてくれた。
少しだけ気が楽になった。
………………………………………………………………
そして4月7日、始業式の日。
僕は3年生になった。
学校の掲示板に、クラス分けの表示があった。
僕と智也と亜美の3人は私立文系で、また同じクラスになった。
3人で喜んだ。
全校生徒が、体育館に集まる。
始業式で校長先生の長い話がちょうど終わった。
大崎校長は、来年の3月で退任するらしい。
つまり僕たちの卒業と、同じタイミングなんだな……。
壇上では新任の先生の挨拶が始まっている。
やつれた体でずっと立っていたから、僕はすこしふらつく。
僕は無神論者だ。
努力したことが全て実を結ぶとは限らない。
努力が裏切られることなんて、いくらだってある。
僕は既にその事を知っている。
でもそんな世の中だからこそ。
努力が報われるサクセスストーリーがあったっていいじゃないか。
僕は多分生まれてきてから、一番嬉しい瞬間を。
今この瞬間に立ち会えたことを……心から感謝していた。
「おはようございます! 今日から英語の非常勤講師として教壇に立つことになりました、桐島すみかです! 主に1年生を担当させていただきます! 新米ですが皆さんと一緒に分かりやすい授業を心がけて、一生懸命がんばりたいと思います! よろしくお願いします!」
リクルートスーツに身を包んだすみかさんは、はじける笑顔で高らかにそう挨拶した。
生徒全員、ざわついた。
主に男子だが。
そりゃそうだ。
遠目から見ても、すみかさんの美貌ははっきりとわかる。
ひときわ大きな拍手が館内に鳴り響いた。
智也と亜美なんかは、すみかさんに向かって手を振っている始末。
でもよかった。
本当によかった。
夢は見るものじゃなくて。
かなえるものだと。
世の中は捨てたもんじゃないと。
僕の未来だって、悪くないはずだと。
僕はそう信じることができたんだ。
でも僕はやっぱり寂しいや。
だって……同じ学校の先生と生徒だったら、2人っきりで会えないじゃないか。
………………………………………………………………
放課後、僕は進路指導室にいた。
今日は無事すみかさんの晴れ姿も見ることができた。
満足したまま帰ろうとして、昇降口で靴を履き替えていたらLimeのメッセージが。
すみか:今すぐ進路指導室に来ること!
呼び出しである。
進路指導室はこじんまりとした部屋だ。
僕も一度だけ入ったことがある。
たしか長机が2本と、折りたたみの椅子が6脚。
それだけでもうカツカツの部屋だ。
こんな狭い部屋に、放課後呼び出された。
それも、すみかさんと二人きりだ。
えっ、なに?
ちょとイケない展開になっちゃうの?
そうか、こういうシチュエーションだったら、2人きりでも会うことができるんだな。
覚えておこう。
そんな
ドアが開いて、リクルートスーツ姿のすみかさんが入ってきた。
薄く化粧をしたすみかさんは、もうすっかり立派な教師に見えた。
「すみかさん、じゃなくって桐島先生……ですね」
「翔君、私聞いてない!」
あれ?
すみかさん、怒ってる?
甘い展開になるんじゃなかったの?
「どうして言ってくれなかったの! なんでそんなバカなことしたの! 知ってたら私、この話受けなかった!」
「バカなこと、とは?」
少しだけ話が読めてしまった……
「どうして! どうして特別推薦枠を白紙に戻すような事をしたの!」
すみかさんは、もう半泣きだ。
「あー……」
やっぱりそうか。
「聞いたんですね……校長から」
「うん、さっき聞いてきたとこだよ……」
「そうでしたか……」
まあ校長に口止めをお願いできるような状況でもなかったからな……。
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