No.36:「お、重くない?」


「せっかくですから、ケーキ食べましょうか?」


「う、うん。そうだね!」


 キッチンに戻り、僕がコーヒーを入れている間、すみかさんにケーキを切ってもらった。

 あの駅前の美味しいケーキ屋さんのやつだ。


「んーおいしー」


「やっぱり美味しいですね、ここのケーキ」


「そうだね、やっぱりちょっと高いもんね」


「それにしても……台風みたいな人ですね、咲楽さん」


「そうなんだよね。悪い子じゃないんだけど、ちょと酒癖がね」


「吐かないといいですけどね、ベッドの上で」


「うわー、それは勘弁してほしい!」


 そもそも咲楽さん、起きるんだろうか?


「もし咲楽さん、起きなかったらどうします?」


「え?」


「僕のベッドで寝ますか?」


「!」


 すみかさんは、速攻で顔を真赤にした。

 どうしたんだ?

 いつもなら「翔君は、へんなことしないもーん」とか言いそうなのに。


「だ、ダメ! 今日は……ダメ……」


「?」


「もう……寝れなくなっちゃうよ……」


「すみかさん?」


「はいっ! と、とにかく、大丈夫。私、咲楽と寝るから」


「あ、はい。わかりました」


 とりあえず、二人で後片付けをすることにした。

 残り物の食べ物は、冷蔵庫に入れた。

 このおびただしいビールの空き缶、資源ごみで出さないと。


 それから僕とすみかさんは、交代でシャワーを浴びた。

 僕が先にシャワーを浴び終えて、テレビを見ていた。

 そこへドライヤーをかけ終えたすみかさんが、バスルームから出てきた。

 赤いパジャマ。

 相変わらず胸の主張が強い。

 もう、めっちゃ女神!


「すみかさん、お水飲みますか?」


「ん? あ、もらおうかな」


 冷蔵庫からポットを出して、お水をコップに入れてテーブルの上に置いた。


「はい、どうぞ」


「ありがと」


 僕もすみかさんも歯を磨いた。

 あとは寝るだけだ。

 僕は明日は学校だ。


「じゃあ、寝ますか」


「え? う、うん。そうだね」


「じゃあ、おやすみなさい。すみかさん」


そう言って立ち上がった時、すみかさんが僕のスエットの袖をつまんだ。


「?」


「翔君、えっと、さっきの……」


「さっきの?」


「うん、さっきのね……やっぱり……ちょっと、やってほしいかも……」


「何でしたっけ?」


「……っこ」


「え?」


「もう! ベッドに、こう、運んでほしいの!」


 すみかさんはねた声で、何かを抱え上げる格好をした。


 え? お姫様抱っこですか?


「えっと……いいですけど……足持たないといけませんよ」


「え?! ダ、ダメ!」


「だめって言われても……でもすみかさんの足、全然太くないと思うんですけど」


「ウソ!」


「嘘じゃないですよ。ちゃんとバランスがとれてて健康的で、いいと思います」


「……ホントに?」


「はい、本当です」


 すみかさんは、もう顔が真っ赤だ。

 よっぽど恥ずかしいんだろう。

 パジャマ姿のトロンとした瞳で、僕のことを見上げている。

 目の下の泣きぼくろが、セクシーだ。


「……じゃあ、お願いしてもいい?」


「あ、はい」


 僕はゆっくりすみかさんに近づいた。

 彼女の肩に、手を回す。

 もう一方の手を膝裏に当てて、ひょいっと持ち上げる。


「ひゃいっ……」


 可愛い声をあげるすみかさん。

 咲楽さんより重いけど、それでも十分運べる範囲だ。

 恥ずかしいのか、すみかさんは僕の胸に顔をくっつけたままだ。

 なにこれ、可愛い過ぎる!

 心臓の鼓動が、テンポアップする。

 そのままゆっくりと、ベッドの方に運ぶ。


「お、重くない?」


「全然。余裕です」


「翔君、力持ちだね」


「普通ですよ、これぐらい」


 すみかさんのベッドの先客は、ちょうど向こう側に寝返りを打っていた。

 スペースがなかったら、蹴り飛ばして向こう側に転がしてたかもしれない。


 ベッドの手前のスペースに、そっとすみかさんをおろす。

 すみかさんが、僕の顔を見つめる。

 僕はベッドの横に座った。


「はい、ではおやすみなさい。お姫様」


「ありがと、翔君」

 すみかさんはまだ顔が赤い。


「初めてしてもらっちゃった。なんかね、すっごく不思議な気分」


「……そこだけ聞くと、なんか僕、えっちなことしちゃったように聞こえるんですけど」


「なっ! そ、そうじゃないでしょ!」

 僕の腕をぺしぺしと叩いてくる。

 やっぱりこの人、からかうと面白い。


「でも、すみかさん重くないですし、足だって、その……色が白くて、女性らしい肉感があって……その、僕はすっごく魅力的だと思いますし、好きですよ」


「……翔君て、太ももフェチだったの?」


「なっ! そ、そうじゃないですよ!」

 やり返された。


「ふふっ……でも翔君、ありがとう。ずっとコンプレックスだったから、そう言ってくれると、すっごく嬉しい」


「体冷やしちゃいますから、お布団の中入りましょうか」


 すみかさんの身体をずらして掛け布団を引き上げ、上にかけてあげる。


「咲楽さん、蹴飛ばしてきたらどうします?」


「頑張って、蹴り返すかな?」


「すみかさん、ベッドの外に蹴り出されたりして」


「そしたら、翔君のベッドに入れてもらいに行くから」


「今日は一緒に寝ないんじゃなかったでしたっけ?」


「……そうだった! やっぱり……私、今日おかしいかも……」


「だったらすみかさんが僕のベッドに寝て、僕がここで寝ましょうか?」


「それはダメ! 朝起きたら翔君、服を全部脱がされてるかもしれないよ! だからダメ!」


「それ、怖すぎます」


 ベッドの上で、いろいろな表情を見せるすみかさん。

 無邪気で子供っぽくて。

 優しくて頑張り屋で。

 可愛くて色っぽくて。


 そんな素敵な女性を見下ろしながら、僕はその複雑な気持ちを持て余していた。

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