No.31:ペアシート


 光陰矢のごとし。

 あっという間にカレンダーは、今年最後の月となった。


「翔君、ちょっといいかな?」


「何でしょう?」


 夕食をすみかさんと一緒に食べていた。

 今日のおかずはポテトグラタン。

 業スーの冷凍カットポテトとミックスシーフード、クリームソースとチーズで作った簡単なものだ。


「あのね、これ咲楽からもらったんだけど。この間の食事のお礼にって」


 すみかさんはチケットのようなものを1枚取り出した。

 よく見ると、「Qシネマズ ペアシート」と書いてある。


「咲楽がお客さんからもらったみたいなんだけど、私にくれたのね。翔君と行っといでって」


 どうやら映画のチケットのようだ。

 しかもペアシートと書いてある。

 さすがにこれは未体験だ。


「日曜日って、翔君何か予定あるかな?」


「今のところないですよ。バイトもシフト入ってないですし」


「本当? じゃあよかったら日曜日一緒に行かない?」


「いいですね。でも僕でいいんですか?」


「他に誘える人、いないわよ」

 にっこり笑うすみかさんは、とてもキュートだ。


「はい、じゃあ是非行きましょう」


 ということで、日曜日はすみかさんと映画に行くことになった。

 これって……なんだかデートっぽいな。


………………………………………………………………


 電車に乗ってやってきたシネマ・コンプレックス。

 リトニやすみかさんのお店がある、この街の一番の繁華街エリアだ。


 すみかさんが受付で招待券を渡す。

 その招待券は、どうやら見る映画が決まっているようだ。

 選べればよかったのに。

 できたら僕は、今人気のアニメが見たかった。

 すみかさんは、退屈だろうけど……。


 その招待券の映画は、ラブサスペンスらしい。

 R15指定。

 ちょっと残酷で、ちょっとエロいシーンがあるみたいだ。

 これ、すみかさんと二人で見て大丈夫かな?


 入場チケットを持って、すみかさんと館内に入る。

 番号を見て、席を探す。

 番号に合致した席は、まごうことなきペアシートだった。

 いわゆるベンチシートで、二人の間には肘掛けがない。


 これ、密着度が高くなるんじゃないの?

 僕はそんなことを考えた。


「なんだか映画来るの、久しぶり」

 すみかさんは楽しそうに言った。


「僕もですよ。前に行ったのっていつだったかなぁ」


「私たぶん、二十歳の時に行ったっきりだよ」


「あー、例の元カレとですか?」


「そうそう。あー、ちょっと黒歴史かも……翔君は、デートで映画とか来たことある?」


「ないですね……今思い出したんですけど、前回来たのが確か亜美と智也っていう友達と3人で来たのが最後だったような気がします」


「そうなんだね」


「ていうか、僕、彼女とか、いたことないんで」


「えーー本当かなーー? モテるのになーー」


「なんですか、もう。べつにモテませんって」


「えーー、じゃあ、この間の修羅場は何だったのかなーー」


「すいませんでした勘弁してください」


 ふふっと笑うすみかさん。

 この人さん、絶対に遊んでるよね?


「でも翔君モテるの分かるなー。優しいし、歳の割にはしっかりしてるもん」


「そんなことないですよ」


「もう、お姉さん、あと6つ若かったらアプローチしてたな!」


「からかってますよね? それにすみかさん、十分若いでしょ。精神年齢が」


「ちょっと! そんなことないでしょ!」


 こんな話をしていたら、場内はゆっくり暗くなった。

 予告編が終わると、映画本編が始まった。


 映画のストーリーはこうだ。

 結婚目前のカップルがいた。

 しかし突然、男性の方が交通事故に遭ってしまう。


 病院に搬送され、一命は取りとめた。

 ところが退院後、その男性の人格が豹変する。

 色々な人格が次々現れるようになり、婚約者の女性を翻弄する。


 しばらくして、男性は自宅の浴槽で倒れてしまう。

 同じ病院に搬送されたが、死亡が確認された。


 交通事故にあった時、病院で何かあったに違いない。

 女性は病気を扮して、病院に潜入して秘密を暴いていく。


 こんな感じのラブサスペンスで、ちょっとホラーっぽい要素がある。


 映画の中盤。

 女性が病院の廊下の角を曲がった瞬間。

 急に外科医と出くわす。


「ひっ!」


 すみかさんが僕の腕に抱きついてきた。

 すみかさん、こういうの弱いのかな。


「すみかさん、大丈夫ですか?」


「う、うん。大丈夫。ちょっと掴まらせてね」


「はい」


 最初は軽く抱きついていただけだった。

 ところが怖いシーンが、どんどん出てくるようになる。


「きゃっ!」


 もうがっつりと、僕の腕にしがみついている。

 こっちはもう、全然映画に集中できない。

 すみかさんの胸元の高い双丘が、ギュッと押し付けられている。

 その胸の感触に、僕の腕の全神経が持っていかれる。


 おまけに今日のすみかさんは、タイト目のミニスカート。

 少し横すわりになって僕にしがみついているので、太ももが露わになっている。

 自分では太いって言ってるけど、全然そんなことはない。

 下着がもう少しで見えそう……。

 めちゃくちゃ扇情的だ。


 おまけにこの映画、回想場面でラブシーンが何度も入ってくる。

 それもかなり濃いやつだ。

 キスも、くちゅくちゅと音を立てたディープなヤツ。

 男性が女性の胸とかおしりとか、触りまくっている。

 女性が嬌声を上げて、それがまた大音量だ。


 怖いシーンで、僕の腕にしがみつく。

 回想シーンで、肩越しにスクリーンを見る。

 すみかさんは、それを繰り返した。


 僕の腕を掴みながら、背中越しにラブシーンを見ているすみかさん。

 僕はこっそり、すみかさんの顔を盗み見る。

 顔を少し上気させ、目元が潤んでいる。

 ふとももが露わになって、腕にはやわらかい感触。


 やばい、めっちゃエロ可愛い……。

 それでも僕は微動だにできない。

 なに、この拷問?


 ここで僕は理解した。

 咲楽さん、絶対に知っててこの映画選んだな!

 すみかさんが、怖い映画を苦手だと知ったうえで。


 僕は中盤以降、映画の内容が全然頭に入らなかった。

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