No.29:「ウチもここに住んでいい?」


「ふーん、なるほどねー」

 咲楽さんがニヤついている。


「どうりで最近すみかが明るくなったと思ったら、少年の影響だったんだな。いーなー。ねえ、ウチもここに住んでいい?」


「無理ですよ」「ダメー!」

 僕とすみかさんが同時に声を出した。


「なんだよ2人とも。冗談に決まってんだろ。そんなお邪魔するような野暮なことはしませんよーだ」

 咲楽さんは悪戯っぽく笑った。


 それから僕たちはいろんな話をした。

 話のネタは尽きなかった。

 時計の針はもう夜10時を過ぎている。

 咲楽さんは、そろそろ帰る時間だ、と言った。


 すみかさんがトイレに入っている間に、咲楽さんが僕に話しかけてきた。


「でもすみかは最近本当に安定してきたよ。ちょっと前まで本当にもろくてさ。心配してたんだ。お店でも、仕事が終わってからよく泣いてたんだよ」


「そうだったんですか?」

 僕はちょっと驚いた。


「ああ。やっぱり将来に対して不安だったんだろうな。それに……いろんな客がいるだろ? 中には明らかにすみかの体目当てで、しつこく迫ってくる客とかいるんだ。そりゃバージンのすみかには、荷が重いはずなんだよ。そうすると「なんでこんなことしてるんだろう」ってな」


 僕は声が出せなかった。

 すみかさんがバイト先で、そんなに辛い思いをしていたなんて。


「でもここに引っ越してきてから変わったよ。やっぱり食と住が安定すると精神的にも随分違うんだろうな。それに「教師への夢」にもブレなくなった。だから客に対しても割り切れているんだろうな。それに関してはさ」


 咲楽さんが口角を上げる。


「少年の影響が大きいと思うよ。だからこれからも支えてやってくれ」


「いえ、支えてもらってるのは僕の方だと思います。それに僕も毎日楽しいですし」


「そっかー。だったら、とっとと一発ヤッっちゃえよ。その方が早いって」


「だからそういうんじゃないんですって」


「ウチが、ヤリ方教えてやろうか?」


「何言ってるんですか!」


 咲楽さん酔っ払ってるな。

 危ない人だ。


 僕たちは3人で、駅まで咲楽さんを送りに行った。

 咲楽さんはいいよ、って言ってたけど、一応女性だし。


 咲楽さんを駅まで送った帰り道。

 夜道をすみかさんと一緒に歩く。


「楽しかったですね」


「そうだね。ちょっとマイペースで強引なところがあるんだけど、凄くいい子なの」


「あー、それは分かります」


「ねえ、翔君」


「何ですか?」


「えーと……翔君、いろいろと、その、我慢してるの?」


「はい?」


「だって……咲楽が『お預けを食らってる』とか、言ってたから……」

 すみかさんの声が小さくなった。


「あー」

 そういえば言ってたな、そんなこと。


「気にしなくていいですよ。今に始まったことじゃないですし」


「もー」

 すみかさんは、ちょっと拗ねた表情だ。


「でもさ、そういうのって……その……そう、翔君だって、初めては好きな人としたいでしょ?」


「え? まあそうですね」


「やっぱりさ、成り行きとか、よくないと思うの」


「まあそうですね」


「それに……6つも年上とか、抵抗あるでしょ?」


「いや、全然」


「もー、そこは「まあそうですね」でいいの!」


 頬をピンク色に染めて、ちょっと怒っている。

 やっぱりこの人、可愛いや。

 僕はケラケラと笑った。


「大丈夫ですよ、すみかさん。僕、すみかさんが嫌がること、傷つけるようなこと。絶対にしませんから。約束します」


「翔君……」


「だから安心して、勉強して、早く教師の夢、叶えましょうね」


 すみかさんの瞳が揺らいだ。


「もー、翔君、やっぱりいい子だなぁー」


 すみかさんはおもむろに、僕の腕を掴んだ。

 Gカップのやわらかい弾力が、僕の腕を攻撃してくる。


「だからそういうところなんですって、すみかさん!」


「え? いいじゃない! あ、帰ってアイス食べようよ。まだあったよね?」


「ありますけど! もう、言動が伴わない人だなー」


 僕はすみかさんにグイグイ引っ張られていく。

 まあすみかさんが元気なら、それでいいや。

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