No.26:「私とおんなじだねー」


 トレイをキッチンに運んでからエプロンを外し、部屋着に着替える。

 勉強机の引き出しから総合感冒薬を取り出して、すみかさんのベッドに戻る。


 薬はスポーツドリンクで飲んでもらう。

 これで少し寝て、楽になればいいけど。


「熱が下がるといいんですけどね。少し寝ますか?」


「……」


「すみかさん?」


「翔君、一緒に寝よ?」


「は?」


「一緒に寝るの! ほら、ここ!」


 そう言ってすみかさんは、布団をめくった。

 隣に来い、ということか?


「いや、でもですね」


「この間、私一緒に寝たよ? 今度は翔君の番!」


「えー」


 完全に駄々っ子モードになってしまった。

 可愛いけど。

 めっちゃ可愛いけど、面倒くさい。


「もう……じゃあ、ちょっとだけですよ」


「うん。えへへっ」


 お邪魔します、と言って僕はすみかさんの隣に寝転ぶ。

 すみかさんは、思いっきり僕に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっとすみかさん?」


「んー翔君ー」


 子供みたいになってる。


「昔ね。熱出した時、おかあさんと一緒にこうやって寝てもらってたこと、思い出した」


「僕はお母さんじゃありませんよ」


「じゃあ……弟くんかな?」


「弟ですか」


 まあすみかさんから見れば、そうだろうな。


「うーん、違うな。もっと頼りになるし優しいしご飯作ってくれるし」


「やっぱりお母さんじゃないですか」


「そうだ! そうだね」


 すみかさんはクスクスと笑った。

 頭を僕の肩に乗っけて、重量感のある胸が僕の胸の上に乗っかっている。

 それに片足を、僕の足に絡めてくる。

 すみかさんの髪の毛から、シャンプーのいい匂いがする。


「すみかさん、これ色々と良くないと思うんですけど」


「えーどうして?」


「僕も一応、健康な男子なんですよ」


「頑張って我慢して。それにこれはね、お礼。ご褒美ということで」


「ご褒美じゃなくて、拷問でしょ?」


「えーそうなのー?」


「そうですよ。童貞男子には辛いです」


「えーやっぱり翔君、経験なかったんだー。私とおんなじだねー」


「……は?」


「……え? ……あっ、今の、なし! 冗談だからね!」


「冗談に聞こえませんでしたけど?」


「えっ、あーもうー……やっぱ熱があるわ……」


「でしょうね」


「でも……ドン引きしないでね。22で未経験って。しかもキャバ嬢でさ」


「するわけないじゃないですか。でも意外です。機会なんて、いくらでもあったでしょ?」


「うーん、あのね、二十歳の時に初カレができたんだけど。その人がさー、2回目のデートの時に、強引にキスしていきなりベタベタ触ってきたの」


「うわー、それはちょっと……」


「でしょ? もうそれ以来気持ち悪くなっちゃって。それから恋愛できなくなっちゃってね。で、今に至ると」


「色々と拗らせているわけですね」


「そうなるのかな?」


「でも僕だって、ベタベタ触るかもしれませんよ」


「翔君はそんなことしないもーん」


 そう言って僕にがっちりと抱きついてきた。

 僕だってその気になれば……と思ったけど。

 やっぱり出来ないや。

 嫌われたくないし、傷つけたくない。


「でも……翔君、ありがとね」


「なにがですか?」


「居場所を作ってくれて」


「あー。今更じゃないですか」


「ううん、私ね、今気持ちが凄く前向きなの。前は気持ちがすっごくすさんでたんだけどね。翔君に会って、ここに来てから……絶対教師になるんだって、改めて思えるようになったんだよ」


「それはよかったです。絶対いい教師になれますよ、すみかさん」


「うん、ありがと。がんばる……」


 言い終わると、すみかさんは小さな寝息を立て始めた。

 これじゃあどっちが年上かわからないな。


 お礼を言わなければいけないのは、僕の方ですよ。

 すみかさんは、僕を過去の自分から解放してくれたんですから。

 それに僕だって、毎日楽しいです。


 そのあと僕は煩悩になんとか勝利し、睡魔にあっさりと敗北した。

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