No.20:修羅場?


 その日の学校の帰り道。

 今日はバイトもない。

 葉物野菜がなくなったので、スーパーに寄って帰ることにした。


 10月に入っても、まだ暑い日が続く。

 今日の最高気温は、30度を超えていた。


 スーパーで、キャベツとほうれん草、しめじを買った。

 夕食は、すみかさんと一緒だ。


 今日の夕食は回鍋肉ホイコーローと、しめじのスープ。

 すみかさんは好き嫌いがないので、作り手としては楽だ。


 でもちょっと気まずいな。

 昨日あんなことがあったし。

 顔を合わせるのが、ちょっと恥ずかしい。


 アパートへ着いた。

 鍵をあけて、ドアを開く。


「ただいま」


 すぐに異変に気付いた。

 玄関に見知らぬ靴。

 それも城京一高の、女子の指定靴だ。


「翔君」「翔」


 二人の声が同時に聞こえた。

 すみかさんと亜美だ。

 2人ともキッチンの椅子に座っている。



 5秒前後の静寂。



 なにこれ?

 いやマジで。

 なにこれ?



 とりあえず僕が沈黙を破る。


「あ、亜美。なんでここに?」


「借りたノート、返そうと思って」


 そういえば、昼休みに英語のノートを亜美に貸してたな。

 テストの点が亜美より良かったから、どういう勉強したのか聞かれたんだった。

 すみかさんに言われた事を、まとめただけなんだけど。


「それより翔、これ、どういうこと?」


「どういうこと、とは?」


「すみかさん、いとこでもなんでもないって!」


 すみかさんに目をやると、両手を合わせて「ごめん」と口を動かしている。


 うわー、全部ゲロしちゃったってこと?


「いや、すみかさんは、住むところがなくてだな」


「そんなことはわかってる。でも翔が一緒に住むことないじゃない! しかもこんなワンルームで。完全にその……ど、同棲でしょ? こんなの」


 僕はまわりを見渡した。

 洗濯物が取り込んである。

 物干しハンガーに、すみかさんのパンツと僕のパンツが干してある。

「こうしておくと男の人がいるってわかるから、防犯上いいんだよ」とすみかさんが言っていたのを思い出した。

 確かに生活感満載だな。

 言い逃れできない。


「で、でもね亜美ちゃん。私たちその、そういう深い関係とかじゃないのよ」


「そんなの絶対信じられません!」


「いや、それは本当だ」


「どうせ2人で、下着だけで過ごしたりしてるんでしょ!?」


「えっと、下着だったら別に見られても……」


「ほら!」


「すみかさん!」


だから下着への貞操観、改めようよ。


「それにこんな仕切りなんかしたって……どうせ、その……同じベッドで寝てるんじゃないの!?」


「そんなことないけど、でも……昨日は、ちょっとだけ、ね」

すみかさんの顔が、ピンク色に染まる。


「ちょっとだけ、なんなのよ!?」


「すみかさん、ちょっと黙ってて!」


 お願い!火事場に燃料投下しないで!


「ねえ翔、どうして。どうしてこの人なの?」


 亜美が立ち上がって、ゆっくり僕の方へ歩いてくる。


「どうして、あたしじゃダメなの?」


 そういって僕の顔をまっすぐ見つめる。

 僕はその目を見られなかった。


「ごめん、亜美」


「どうして……」


「亜美のこと、友達としてしか見られない」


「……」


「ごめん」


 正直に言うしかないよな。


 亜美はそのまま、下を向いてしまった。

 亜美の頬から一筋のしずくが流れて、床に落ちる。

 僕は黙って見ることしかできなかった。


「バカ!」


 亜美はそう言って、玄関の方へ走って行った。

 ドアを乱暴に開けて、そのまま出て行った。


「追っかけてあげて!」


「駄目なんです」


「どうして……」


「僕じゃ駄目なんです」


 僕は大きな溜息をひとついて、スマホを取り出した。

 電話帳から一人選んで、タップした。


「お、どうした?」


「智也、ごめん。緊急事態」


「?……」


「亜美を捕まえて、話を聞いてやってくれ」


「何があった?」

 智也の声が焦っている。


「一言で言えば、修羅場った」


「は?」


「詳しくはまた話すから。とにかく亜美を捕まえて欲しい。連絡を取ってくれ。いつもの公園にいるかもしれないし」


 僕たちが3人が、よく学校の帰りにアイスとか肉まんとか食べる公園がある。

 そこかもしれない。


「わかった」


 智也はそのまま電話を切った。


 

 僕はずるい。

 亜美の気持ちを、薄々分かっていながら。

 智也の気持ちも、わかっていながら。

 でもこうするしかなかった。

 僕じゃ駄目なんだ。


「よかったの?」


 すみかさんが心配そうに聞いてきた。


「はい。こうするしかないんです」


「ごめんね」


「すみかさんのせいじゃないですよ」


「私、出て行った方がいいのかな……」


「すみかさん」


 僕は亜美が座っていたところに腰かけた。

 そしてすみかさんを正面から見る。


「すみかさんが出て行きたいのであれば、僕は止めません。でも」


 すみかさんの目をしっかり見据える。


「今はここがすみかさんの居場所なんです。それと、すみかさんは悪くないんですよ」


 すみかさんの瞳に膜が張る。


「何回でも言いますよ。10万回でも100万回でも。すみかさんは悪くない。今はここがすみかさんの居場所なんです」


 すみかさんは下を向いてしまった。

 しばらく顔をあげなかった。


「私、そんな恥ずかしいこと言ったんだね」


「でも嬉しかったんですよ。僕は救われました」


「うん……」


 しばらくして、すみかさんは顔を上げた。

 目がまだ赤かった。


「ありがと。翔君」


「こちらこそです。お腹すきませんか? ちょっと早いですけど、晩御飯にしませんか?」


「え? う、うん、お腹すいたかも」


「今日は回鍋肉ホイコーローです」


「ほんと? やったー。回鍋肉大好き!」


 僕はキッチンへ回って、料理の準備をする。

 すみかさんも、手伝ってくれる。

 じゃあキャベツを洗ってもらおう。


 これでいいのかどうかなんて、わからない。

 何が正しいかなんて、全然わからない。

 でもその時、その瞬間、ベストだと思うことを選んで生きていくしかないんだ。

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