No.09:「これだけ可愛い人なのに…」


 それから、すみかさんの夜のアルバイトの話も教えてくれた。

 お店の名前が「ナディア」というらしい。

 そこでの名前、源氏名というらしいが、「あかり」さんだそうだ。

 お店のある日は、ここを夜の7時半過ぎに出るらしい。

 帰宅は深夜の1時か1時半ぐらい。

 そんな遅い時間に帰ってきて大丈夫なのか聞いたところ、帰りはお店の車で送ってくれるそうだ。


「できるだけ静かに入ってくるけど、起こしちゃったらごめんね」


「そんな、大丈夫です。多分爆睡してますから」


「でも本当にね、住むところが落ち着いてものすごく助かってる。ネットカフェ、全然落ち着けなかったもん」


「大丈夫です。僕はすみかさんのパンツ見ても、襲いませんから」


「もーそれ言わないでー」


 体をよじってもだえるすみかさん。

 ヤバい、超かわいい。


「でもお洗濯とかしたらさ、やっぱり下着とか目のつくところに干すことになるから。それは勘弁してね」


「それって、逆にご褒美じゃないですか。すみかさんこそ、大丈夫ですか?」


「全然。だから着衣は見られても、恥ずかしくないでしょ? でも足は……あんまり見ないでね……」


 すみかさんの声が小さくなる。

 やっぱりこの人、何かズレてる。

 可愛いけど。


「ところですみかさん、明日買い出しが必要じゃないですか?」


「そーなの。色々と買い物に行かなきゃね」


「荷物持ち、必要じゃないですか?」


「え?」


 すみかさんが一瞬固まった。


「すみかさん?」


「あ、ごめんごめん。もー、翔君優しいなぁ。お姉さんびっくりだよ。あんまりそんなふうにね、男の人に優しくされたことなかったから……」


「やっぱりすみかさん、チョロいですよ」


「チョロいって言うなー」


 ちょい怒のすみかさんは、やっぱり子供みたいだ。


「でもいままで彼氏の一人や180人くらい、いたでしょ? たくさん優しくされてると思ったんですけど」


「人数の単位がおかしいけど……私、そんなに男性経験豊富じゃないんだよ。学生時代はもう勉強とバイトだけの毎日だったから。もちろん男の人と付き合ったことない、とは言わないけど」


「へー、意外です。これだけ可愛い人なのに……」


「もー、そういうこと面と向かって言わないの!」


 照れて頬を紅潮させるすみかさん。

 お店でたくさん言われてるはずだけど、やっぱりそういうのってまた違うんだろうか。


「で、付き合いますよ。荷物持ち」


「え? う、うん。ありがとう。じゃあ遠慮なくお願いしようかな。さっきね、ベッドの周り見たんだけど、できればハンガーラックと小さめの衣装ケースを買いたいんだ。重たいけど、大丈夫?」


 げっ、それは重そうだ。

 でも上目遣いのすみかさんのお願いだったら、タンスでも持てそうな気がした。


………………………………………………………………


 夕食の後、コーヒーを入れた。

 インスタントコーヒーだったので、すみかさんが「今度ドリップバッグ買ってくるね」と言ってくれた。

 案外コーヒー通のようだ。


 僕たちは食事を終えた後も、そのまま色々な話をした。

 いつのまにか、時計は9時半を指していた。


 食器を流し台に運んだ。

「私に洗わせて」と、すみかさんは食器を洗い始めた。

 僕はその横で、すみかさんが洗った食器を布巾で拭いていく。

 なにこれ、いい感じ。

 これはまるで


「同棲してる恋人って、こんな感じなんですかね?」


「そ、そういうこと言わないの。私もそう思ったけど、口に出さなかったのに」


「すみかさん、同棲ってしたことありますか?」


「あ、あるわけないでしょ!」


 あるわけないのか?

 いや、あってもおかしくないとは思うけど。


 あっという間に、食器を洗い終えた。

 二人であれば、時間は半分だ。


 時間はもう、とっくに夜の10時を過ぎている。


「すみかさん、先にシャワー浴びてください。僕はいつもシャワーだけなんですが、バスタブにお湯張りますか?」


「ううん、私もいつもシャワーだけだから。それじゃあお言葉に甘えて、先に使わせてもらおうかな」


「はい。えっと……シャンプーとリンスとボディソープ、それからタオルもあるものを適当に使ってくださいね」


「ありがとう。その辺のもの全部明日買う予定だから、今日だけ使わせてね」


 すみかさんは、自分のベッドに荷物を運んだ。

 キャリーケースを開け、着替えを出した。

 そのまま「じゃあお先にね」と言って、シャワールームの中に入っていった。

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