No.08:「お腹すきませんか?」


 5時半過ぎにチャイムが鳴った。

 エプロン姿のままドアを開けると、キャリーバッグと大きめのショルダーバッグを持ったすみかさんが立っていた。

 初めて会った時と同じ、グレーのワンピース。

 ちょっとグラマラスな感じで、スタイルがいいのが際立つ。


「いらっしゃい。どうぞ」


「お邪魔します」


 中に入ってもらうと、新しいベッドとカーテンを見て歓声を上げた。


「すごーい! こんな風にできるんだね」


「意外と簡単でしたよ。とりあえず座ってください」


 すみかさんに座ってもらって、お茶を出した。


「荷物これだけですか? 少ないですね」


「ううん、あとお店の方にダンボール箱が一つあるの。それは明日の夜持ってくる予定。できるだけ荷物は減らしてるんだけどね」


 前の部屋を出る時に結構荷物が増えてしまったので、半分くらい実家に送ったそうだ。


「それはそうと……すみかさんお腹すきませんか?」


「うん、ちょっとすいてるかも」


「じゃあちょっと早いですけど、先に夕食にしましょう」


「ホントに? 嬉しい!」


 すみかさんが、目を輝かせている。

 この間来た時もそうだったけど、この人結構食べるんだよなぁ。


「何か手伝うことある?」


「えーと、じゃあ炊飯器にスープが入っているので、それをお皿に入れてもらえますか?」


「了解!」


 一方僕はフライパンを温める。

 ビニールに入れておいた豚肉を焼いて、お皿に刻みキャベツと一緒に盛り付ける。

 冷凍ご飯も、レンジで温める。


 コップに浄水フィルター付きのポットからお水を入れて、二人分のお箸を並べる。

 料理も全て、テーブルの上に置いた。


「美味しそうー」


 すみかさんの目が輝く。

 正面から見るすみかさんは、本当に透明感のある美人だ。

 こんなに可愛い人と一緒に食事ができるなんて、僕はすごく幸せだ。


「じゃあ食べましょう」


「いただきます」「いただきます」

 二つの声が重なった。


「んーこれ美味しいね! どうやって作るの?」


「それめっちゃ簡単ですよ。材料を炊飯器に入れてスイッチポンで終了です」


「本当に? 後でレシピ教えてよ」


「はい、もちろん」


 ちなみにすみかさんは、お酒はほとんど飲めないそうだ。


「バイト先って、お酒飲めなくても大丈夫なんですか?」


「飲めた方がいいんだけどね。でもウーロン茶とかでごまかしてる。たまに無理強いしてくるお客さんがいるけど、そういうお客さんには他のキャストに代わってもらってるかな」


「そうなんですね。大人の世界は大変だなー」


 他にも食事中、2人でいろんな話をした。

 すみかさんは、大学の時に交換留学制度で1年間ロサンゼルスにいたらしい。

 英語力は半端ないってことだろう。


「でも今は英語だけじゃダメなんだよ。そんな人、世の中に星の数ほどいるから」


「そうなんですか?」


「そうなんだよ。プラスアルファ、何かできないとね」


 それと大学の学費と留学費用を奨学金で工面したそうで、これからの返済を考えると頭が痛いそうだ。


「もうね、奨学金の返済、ハンパないんだよ。本当は4月から働き始めて返済を始める予定だったんだけどね。とてもじゃないけど返せないから、今返済をストップしてもらってる」


「そうだったんですね。僕も大学へ行くことになったら、奨学金を借りないといけないので他人事じゃないです」


「そうなんだ。ここの家賃とかは、どうしてるの?」


「ここのアパートのオーナーは、僕のおじさんなんです。だから家賃はタダなんですよ。でも大学に入ったら、水道光熱費ぐらいは負担してもらおうかなって言われてます」


「そうなんだね。あ、そうそう。家賃とりあえず2万円払っとくね。カーテンの費用と半月分の家賃ということで。もし10月以降もお世話になるようだったら、またお支払いするから」


「えーいいんですか? じゃあ遠慮なくもらいますね。できるだけ、食べ物でお返しするようにします」


「いいよぉ。でもこんなに美味しい食事ができるんだったら、それはちょっと嬉しいかも」


 すみかさんは笑いながら生姜焼きを口に運び、「んーこれもおいしー」と満面の笑顔だ。

 本当に食べることが好きなんだな。

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