第26話 紙一重

「私は、ジョバンニが少しずつプロテクトを解いて、彼女を改造したのだと思っている。私がやったやり方で、自分を『マスターの次点』にすることはできただろうが、入れ替えることは非常に困難だ。その代わり彼は、プライオリティの変動プログラムらしきものを組んだ」


「変動プログラム? それって、オプションにありません?」


「うん。よく似たものはあるよ。マスターの対応を見て個人個人への接し方を変えさせる、面倒臭い上に誤作動も多い、使えないオプションだが」


「だからマスター、使わないんですか」


「私は、君たちの自主性に任せているから」


「……僕らにそんなものがあったとは、初耳です」


「そう? 学習機能には力を入れてるんだよ、私は」


 にっこりとロイド・クリエイターは笑った。


「ジョバンニのプログラムは、プライオリティをそのままに、リンツェロイドの対応を変えてしまう、特殊なものだった。まだ試験段階だったのだと思う。彼には思いがけないことに、ヴァネッサはチェスの愛情に応えてしまったんだからね」


「応えて……」


 不思議そうな表情で、トールは繰り返した。


「非常に、興味深いものだ」


 笑みを消すと、呟くように彼は言った。


「彼があれを完成させたら、〈ローズマリー〉はマスターたるマリオット氏よりも彼の言うことを聞くようになるかもしれない」


「そんな、馬鹿な」


 トールは引きつった。


「そんなの、有り得ないじゃないですか」


「普通はね。でもどうやら、彼は普通じゃない。天才かもしれないよ」


「天才? 異常者の間違いでしょう」


 顔をしかめてトールは言った。


「手厳しいね。でも天才と異常者は紙一重でもある」


「そんなんじゃありません。異常者は異常者です。ロイドをばらばらにしたがるなんて」


「私だって、ときどきやるよ」


 店主は肩をすくめた。


「それは、必要があるからでしょう。マスターは解体を趣味にしてる訳じゃない。茶化さないでください」


「はいはい、ごめんね」


「あのですね。だいたい、僕は知ってるんですよ」


 ふん、とトールは鼻を鳴らした。


「ロイドを解体したあと、マスターは部屋から半日は出てこないじゃないですか。通信もお客さんもいっさい受けつけないで。まるで……喪に服すみたいに」


「おや」


 マスターは目をしばたたいた。


「そんなふうに思われていたとは知らなかった。解体後の手続きはいろいろと面倒臭いから、集中してさっさとやってしまいたいだけなんだけれど」


「……それはともかく」


 こほん、と彼は咳払いをした。


「盗んでまでロイドをばらばらにするのは、間違いなく異常者です」


「それがジョバンニだという証拠はないんじゃなかったかな。まあ、マリオット家のニューエイジロイドも同じ目に遭ったというのが本当なら、まず、彼だろうけれど」


「まさかとは思うんですけど。マスター、まだ、そんな人物と話をしたいなんて思ってます?」


「うん、そうだね」


「……否定の言葉を期待したんですが」


「期待はずれですまないね。けれど」


 店主は眼鏡の位置を直した。


「性癖であれ性欲であれ、それが彼の趣味なのだったら、二年前の事件からずいぶん時間が空いていると思わないか?」


「……は?」


「マリオット家のニューエイジロイドがばらばらにされたというのがいつなのか、何体なのか、そもそも彼がいつからマリオット・ファミリーに入ったのか、そういうことが判らないと何とも言えないところがあるけれど。彼がリンツェロイドを狙ったのは、ヴァネッサが初めてだったのかな?」


「どういう、意味です、いったい」


 聞きたくないような気がしながら、トールは尋ねた。


「ミスタ・ギャラガーの言っていた、リンツェロイドの転売市場。所有者を登録しないで済むリンツェロイドを手に入れて、好きにばらばらにして、パーツにしてまた売ってしまうなんていうのは、どう?」


「ど……どう、と言われても」


「考えすぎかなとも思うんだけれど。どこかに〈ジュディス〉の手がかりがあったらいいなあと考えている内に、そんなふうに思ったんだ」


 その言葉に、助手は目をしばたたいた。


「気にとめていらしたんですか。ミスタ・ギャラガーの、行方不明の娘さんのこと」


「どうしてそんなに意外そうなんだい」


「それは、意外だからです」


「まあ、そうは言っても私の娘じゃない。転売市場ができたら私も困るけれど、うちが狙われるとも思えないし、必要以上に危ない橋を渡るつもりはないよ。手がかりがあればミスタ・ギャラガーに伝えたいが、生憎と、ないね」


 彼は肩をすくめた。


「面白いね。ジョバンニ氏は変質者かもしれないけれど、稀代の天才の可能性もある。クリエイターと言っても本当に独自の技術を開発している者は、いまや稀だから」


「マスターの技術はオリジナルじゃないんですか」


「先人のオリジナルにアレンジを加えているだけだよ。基礎が整っていなければ、できないことばかりだ」


「そんなの、ジョバンニとかだって同じでしょう。どうしてそんなに持ち上げるんです」


「面白そうだから」


「……マスター」


「そうは思わないかい、トール。彼の試みは――リンツェロイドに心を持たせようとするものに、似ている」

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