第20話 大きな箱

「マスターに話してきます!……あ」


「どうした」


「お客さんが」


 店頭からの信号を受け取った彼は、困った顔をした。


「俺が応対してやるよ。マスターんとこ、行け」


「有難う、アカシ」


 少年は再び、店主の部屋へと走った。


「マスター。これ、見てください」


「……ほう」


 記事を読んだ店主は、片眉を上げた。


「彼ら、かねえ」


「や、やっぱりそうお思いになりますか」


「〈ヴァネッサ〉の所有記録が移っていないか、協会に問い合わせたんだ。もしもジョバンニ氏が取り返していれば、彼がマスターになっているんじゃないかと思ってね」


 マスターの氏名などは公表されないが、所有証明書の移動日時は記録され、クリエイターが問い合わせればすぐに判るようになっていた。たいていは自社リンツェロイドの追跡に使うが――メンテナンス提案のためなどだ――他人のロイドの「世話」をすることもある個人工房の主などは、所有者の変更日などから不具合の原因を探ることもある。


「返事は、きたんですか」


「聞きたいかい?」


「そりゃあ、聞きたいです」


「廃棄処分」


「……え」


「〈ヴァネッサ〉は今日付で、廃棄処分されたということになっている。記事と一致するね」


「そ、そんな」


 トールは愕然とした。


「いったい、彼らに何が」


『――マスター! ちょっと早いけど、店、閉めますよ。ほかの仕事受けてる場合じゃないから』


 不意にアカシの声が飛び込んできた。


「君がそう判断したなら、かまわないよ。何ごとだい」


『すぐ、そっち行きます』


 アカシは告げ、言葉の通りにすぐやってきた。


 ひとりの若者を伴って。


「チェス!」


 トールは叫んだ。


「無事だったんだね。その……」


 〈ヴァネッサ〉は、という問いかけを彼は躊躇った。


「先生」


 低い声で、チェスは店主を呼んだ。


「俺、先生のことしか、思い浮かばなくて。店のカード、もらったから。どうにか、ここまで」


「マスター。これです」


 付き添うように若者の背後にいたアカシは、両手で抱えるほどの、大きな箱を持っていた。


「――だいたいのパーツはあるみたいです。ライオットにチェックさせる必要がありますが、いくらかの抜けはうちでも調達できるでしょう。外見的には破損していない基板もあるし、エンジンは丈夫ですから完全に形が残ってますけど、まともに稼働するとは思えない。やっぱり再調達ですね。入ってたソフトについちゃ、マスターの記憶に頼るしかないですが」


「どれ」


 店主は立ち上がり、箱をのぞいた。


「……ああ、これは酷い」


 顔をしかめて、彼は言った。


「いったい何があったんだい、チェス。つらいだろうが、話してくれないか」


「あの……あのあと」


「トール。……いや、アカシ。何か飲み物を」


「判りました」


 青年は箱をテーブルに置いて、部屋を出た。


「あのあと、バーのおじさんは、店に泊まらせてくれたんだけど」


 聞き取りづらいかすれた声で、チェスは話し出した。


 しらみつぶしにしようと片端から建物を調べていたマリオットの手下が、あのバーにもやってきたのだと言う。


 若者はヴァネッサの手を引いて走り、まだ小雨の降るなか、慣れないジャンク街を逃げ回った。鍵のかかっていない雑居ビルの扉を見つけると入り込み、愚かにも階段を上った。とにかく逃げようとしていた。屋上まで行けば逃げ場がなくなるという簡単な事実に考えが及ばなかった。


「奴らは気づいて出口を固めて……あいつが」


 チェスは両の拳を強く握り締めた。


「ジョバンニが、きたんだ」


 眼鏡をかけた若い男は、以前のように銃をかまえて、チェスに対峙した。次はないと言ったはずだなと告げ――。

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