第19話 ジャンク街の怪事件
それから、丸一日。
小さな工房兼店舗〈クレイフィザ〉は、いつものように、あまり客のいない静かな夕暮れを迎えていた。
少年の姿をした従業員トールは、帳簿ファイルを開きながら頭を抱えていた。全くの予定外だった九千四百の出費をどうすれば補填できるものかと悩んでいたのである。
そこに、重要度最大を示すメールが飛び込んできた。何だろうかと彼はそれを開き、中身を読んで、呆然とする。
「――マ、マスター!」
彼は通信機器のスイッチを入れた。
「ちょっと、いいですか、いま!」
『どうしたんだい、そんなに慌てて。緊急のお客様でも?』
「お客さんはきてません! いま、よろしければ、そっちに行ってお話ししたいんですけどっ」
『いいよ。おいで』
店主の返事に、トールは駆けた。
「マスター、たいへんです」
「うん、そうみたいだね。どうしたの?」
「たったいま、カード会社から連絡がありまして」
トールは店主の部屋の端末を操作すると、先ほどのメールを呼び出した。
「これ。……チェスに渡した、ものですよね」
「――そうだね」
「拾得の知らせです。……ジャンク街で」
「ジャンク街で?」
店主は眉をひそめた。
「残高は?」
「九千四百の、ままです」
「それは、また」
「な、何があったんでしょう?」
「いろいろと考えられるが、どれもこれも、最悪だね」
「――それじゃ、あの、ふたり」
トールは視線を落とした。
「この一日のニュースを全て検索してくれ、トール。一般紙からゴシップ紙、公式ではない個人の公開スペースも含めて、みんな。必要なら、アカシの手も借りて」
「判りました」
真剣な顔で助手はうなずいた。
「マスター。僕……」
唇を噛んで、彼は呟いた。
「こんな形で九千四百クーランが戻ってきても、ちっとも嬉しく、ありません」
「そう気を落とさないで。まだ、彼らが死んだと決まった訳じゃない」
「でも」
それ以外、どんな事情が考えられるのか。
百クーランの手持ちもなかった若者が、一クーランも手を入れぬままジャンク街でうっかりカードを落とし、それでもどうにかやっている、などという考えは楽天的すぎた。
翌日になるかならないかの内に彼らは――マリオットやジョバンニの手の者か、はたまたほかのちんぴらか――に見つかって殺害され、カードは盗まれたものの、パスコードに手を焼いて投げ捨てられた、そんなふうに考えるのが、自然。
トールはアカシに事情を話し――昨日の出来事自体は、話してあった――、検索を手伝ってもらった。
「ジャンク街関連、マリオット・ファミリー関連、リンツェロイド関連、こんなもんだな」
東洋系の顔立ちをした青年技術者は、ディスプレイを指で弾いた。
「特に関係ありそうなものは、ないが……」
「あ……」
「ん? 何かあったか?」
「たったいま、夕方の更新が、あって」
トールは悲痛な表情で、一件のニュースを示した。
「これ……」
「どれどれ」
アカシはトールの背後からそれをのぞき込んだ。
「『殺人か、自殺か……ジャンク街の怪事件』。何だこりゃ」
「〈ファントム・ペイン〉紙です」
「何だ。出鱈目ばっかりの最低タブロイドじゃないか」
「でも」
トールは拳を握った。
「これ……」
センセーショナルを装って、記事は書かれていた。
ジャンク街と呼ばれる地域で、今朝、奇妙なものが発見された。
散乱した、手足などの身体の部位。幸いにして、人間のものではない。
ロイドのものだということはばらばらになった配線や基板からも明らかだったが、それは二年前の「ニューエイジロイド・バラバラ殺人事件」を思い起こさせた。
だが周囲の証言によると、そうではないようだった。
そのロイドは、雑居ビルの屋上から落ちてきたようだとのことだった。
ロイドが自殺? はたまた、事故か。
所有者と思しき若者がその残骸をかき集めて行ったとのことだが、誰も彼に話を聞かず、真相は不明である――。
写真があるでもない、証言者の名前があるでもない、捏造かと疑えばそうとも思える、くだらない記事だった。仮に事実であったとしても、普通に読めば事故としか思えない。自殺や殺人などと煽る必要はないはずだった。
しかしトールは知っている。〈ヴァネッサ〉と、チェスのこと。
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