第15話 ゴミのような男達

「ルウィング・ワイネッカーさんという人を知りませんか?」

 なるべく顔が近くなるよう、背伸びをしつつ莢は迫った。問われた少年は大きく目を瞠る。


「僕? や、俺、だからそのルウィングは僕、じゃなくて俺だけど……」

「ほんとにルウィングさんですか!?」

 ツケの一覧から適当に選んだ名前だったが、見事に的を射止めたらしい。喜びもあらわな莢に、ルウィング少年は戸惑いながらも興味を抱いた様子である。


「そ、そうだってば……なんだよ、どういうこと?」

「よかったー、ようやく見つかった。ルウィングさん、会えてすごく嬉しいです!」

 莢は昂った勢いのままルウィングの手を取った。ルウィングは瞬間胸を突かれたみたいにびくりとしたが、莢は気にすることなく少年に笑顔を向ける。ルウィングの頬が朱に染まった。


「僕の方こそ……会えて嬉しい、よ。それでえっと、君は」

「あ、失礼しました。わたしはサヤって言います。赤猫亭で働いてます」

「赤猫亭でって、君が!?」

 ルウィングの声が素っ頓狂に跳ね、莢の手を強く握り返す。未だ年少なりとも腰に剣を吊るした傭兵の筋力だ。莢はたまらず身をよじらせた。


「やっ、痛いですっ」

「ごご、ごめん、つい! そんなつもりはなかったんだ。ただあんまり驚いたから……まさか君みたいな子が、赤猫亭にいたなんて」

 ルウィングはほとんど恐れを抱いたかのように、おずおずと莢の手を離した。激しく誤解があるらしいので、一応補足しておく。


「でもわたしはただの下働きで、雑用とかしてるだけです。だから自分でお客さんを相手にするみたいなことはしてません」

「そっか、ざんね……いや、そうなんだね。よかった。安心したよ。つまり君はまだ清らかなままってことだ。だよね?」


「はあ、まあそうですけど」

「だけど君もそのうち客を取る予定とかは……」

「ないです。それよりルウィングさん、ルウィング・ワイネッカーさんは三回で四万5千ランになります。お支払いをお願いします」


「待って!」

「え?」

「誤解だから! 僕はそんなふしだらな男じゃない! サヤなら分ってくれるよね?」

「えっと、じゃあ人違いってことですか? 同姓同名とか……そうですか、すいません」


 莢はしゅんとした。やっと一人目を見つけられたと思ったのに、ツケの回収ができないばかりか、相手にも悪いことをしてしまった。冤罪で娼館の客になったことにされるのは、ルウィングのような年頃の男子にとっては特に不本意なのに違いない。

 だがルウィングは怒らなかった。むしろ莢の視線を避けるようにおもてを伏せる。


「謝らなくていいよ。確かに僕がそのワイネッカーで合ってる」

「そしたら誤解っていうのは」

「だからそれは、僕、俺は確かに赤猫亭には行った。行ったけど、自分の意思じゃなくて先輩達に連れられて仕方なく、みたいな。分ると思うけど、傭兵っていうのは命懸けの仕事じゃないか。いざって時に背中を預けられる仲間になるためには、そういうつき合いも必要だって言われて。断りきれなかったんだ」


「んー、理屈としては、分らなくもないですけど……」

「ありがとうサヤ! 本当の僕、俺は、誰より真面目で一途なんだ。君なら分ってくれるって信じてたよ!」

 ルウィングは感激した様子で再び莢の手を取ろうとした。だがそれよりも早く、後ろから伸びてきた腕が首に回され、がくりと大きく仰け反らされる。


「なに調子のいいこと抜かしてやがんだよ。てめぇを引っ張ってったのは最初の筆下ろしん時だけじゃねえか」

「げっ、ゲーデルさんっ!?」

「ミアっつったか、まだ毛も生え揃ってねえようなあの娘のことが、ずいぶん気に入ったみてえじゃねえか。金が入ったらまた行くって約束してんだろ?」


「これ……相手はミアだったんだ」

 莢は複雑な感情に掴まれた。ほとんど無意識のまま、ルウィングから一歩二歩と後退りする。


「待ってサヤ、話を聞いて! お願いだからそんな虚無に落ちたような目付きをするのはやめて!」

「嬢ちゃん、油断は禁物だぜ。ガキとはいえこいつも男だからな。いやガキだからなおさらだぜ。いつだって溜まってるし、女とやりたくて仕方ねえんだ。けどまだ自信がない。失敗して笑われるのが嫌だ。だからまず手初めに、年季の浅そうな年下相手に修行を積もうってわけだ」


 ルウィングはもはや完全に沈黙していた。だが必ずしも言い訳をあきらめたわけではないだろう。ゲーデルに首を極められているせいで物理的に口がきけなくなっているのだ。身長はルウィングより低いゲーデルだが、戦士としての力量では勝るらしい。


「ところであなたはゲーデルさん、クローディッシュ・ゲーデルさんですか?」

 ルウィングのことはひとまず後回しだ。莢が問うと、ゲーデルは途端にぎくりとした。


「いや俺のことは別にどうだっていいだろ」

「はい、ゲーデルさんのことはどうでもいいです。ツケだけ払ってください。ゲーデルさんはっと……五回分で九万ランですね。値段って全部同じじゃないんだ」

 単純に金額を回数で割ると、ルウィングは一回当り一万五千ラン、ゲーデルは一万八千ランになる。


「そりゃあ、相手とか時間とかやる内容とか人数によって色々変わるからな」

「そうなんですね。支払いをお願いします」

 莢は掌を上にして差し出した。具体的な話など聞かなくてもいい。少なくとも今はまだ。


「金ならない」

 ゲーデルはきっぱりと言い切った。いっそ清々しいほどの態度である。莢は思わず黙り込んでしまったのち、ゆっくりと息を吐き出した。


「それなら仕方ないですね」

「おっ、物分りがいいじゃねえか。嬢ちゃんは将来いい女になるぜ。この俺が言うんだから間違いない。もっと胸と腰が育ったらひいきにしてやるからよ、たっぷり楽しもうぜ」


「お断りです。それよりゲーデルさん、わたしさっきもあなたに声を掛けました。その時はこの一覧にある名前は誰も知らないって言ってましたけど、嘘だったんですね」

「さて、記憶にねえな。嬢ちゃんの勘違いじゃねえのか?」


「わたしは剣なんか使えないし、力ずくでお金を取り立てるのは無理だけど、目と耳と記憶力は結構いいんです。誰が支払いに協力的だったか、誰が嘘をついて邪魔したか、帰ったら全部リンさんに報告しておきますね!」

 莢はあえて明るい調子で告げた。ゲーデルの顔が引き攣る。

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