第14話 取り立て
女子小学生の莢が、荒くれ男揃いに違いない傭兵達から、女の人を買った代金を徴収する。
倫理上の問題や心理的抵抗を抜きにしても、およそ不可能としか思えない。
エッチは莢の困惑を軽くあしらう態度で話を進める。
「俺は他に用があるが、行き先は一緒だ。俺の連れでしかもリンの使いとくれば、そう無下にはされんさ」
そう言われてもとても安心などできない。だが役目を拒否して一人で引き返すこともならないままに、やがて目的地に到着していた。
実直傭兵団レント支部は、以前莢が赤猫亭から逃げ出した時に、エッチを探し当てた場所だった。「実直」などと冠してはいるが、雰囲気の怪しい裏通りに居を構えていることからしても、正直積極的に関わりたいとは思えない。もちろん傭兵即ち犯罪者ではないだろう。だが最大限用心した方が良さそうだ。
エッチはためらいなく支部の扉を開けた。すぐに野卑な会話や野放図な笑い声が洩れ出してくる。実際に足を踏み入れてみても、一見して柄の悪い者が大半だ。その中でエッチはかなり顔が売れているらしく、そちこちから声を掛けられる。だが適当に応じるだけでエッチはさらに奥へと進む。莢はひたすら背中にはりついていくだけだ。我ながらちょっとかっこ悪いとは思う。だがさすがにこの場で威風堂々と振る舞えるほど太い肝はしていない。
入口から反対端の薄暗い辺りへたどり着く。喧騒から忘れ去られたみたいにぽつんと置いてある卓を、エッチは無遠慮に蹴飛ばした。
「よお老いぼれ、起きな」
「んぁ?」
卓に足を乗せた格好でうつらうつらしていた老人が、いかにも寝惚けた声を上げる。まぶたと目の下の皮膚は歳月の重みにたるみ、しかし開いた目が一瞬放った光には分厚い刃のような凄みがある。
「てめえなんざ呼んだ覚えはねえぞ。俺の安らかな余生を邪魔すんな」
野良犬でも追い払うみたいに手をひらつかせる。だがエッチは全無視で卓に両手をつくと、老人へ向かって身を乗り出した。
「ギブの件だ。まさか忘れたなんて言うなよ、バック」
「忘れたな。なにしろ俺はジジイだからよ、半日より前のことは憶えてられねえんだ。他の奴に訊いてくれ」
老人は身の衰えを嘆くように顔を逸らした。エッチは鼻で笑う。
「つまらんすっとぼけはよせ。てめえの葬式代を稼ぎたかったらちゃんと仕事をしろよ。こんなろくでなしの掃き溜めで、腐って骨になるまで放っとかれたいか?」
「年寄りいびりが趣味の青二才にぐだぐだ絡まれるよりはましだ。それよりその娘はなんだ。おめえのガキか? 俺を世話させるために連れてきたってんなら、有難く受け取っとくぜ。孫にして可愛がってやる」
「あんたが股ぐらにおしめを当てるようになったら考えるさ。だが今のこいつには別の仕事があるんだよ。おいサヤ、いつまでぼけっと突っ立ってる。俺はこの老いぼれと話があるから、お前はその間に用を済ませとけ」
エッチは老人の胸ぐらを掴んで引き立たせた。乱暴な扱いに老人が顔をしかめる。
「まったく嫌な世の中になったもんだなあ。今の若い連中は年寄りを敬うってことを知らねえ」
哀れっぽくぼやきながら、いとも簡単にエッチの手を引き剥がす。あっさり振りほどかれたエッチにも驚いたふうはない。
二人は奥にある階段を上っていった。背はエッチの方が高いが、幅と厚みは似たようなものだろう。老人は足腰にもわずかの衰えも見せず、エッチと連れ立ってすぐに莢の視界から消えた。
威圧感のあるざわめきの中に、ひとり取り残される。なんだあのガキは、とじろじろ睨まれている気もするし、逆に誰の眼中に入っていないようにも思える。どっちにしろ、黙ってじっとしているだけでは莢の役目は果たせない。
「よし。行く」
エッチから渡された一覧表を手に、実直傭兵団支部をぐるりと見渡す。当然ながら名前も顔も知らない相手ばかりだ。
「すいません、ゲーデルさんという人を知りませんか? それか……」
たまたま傍を通りかかった男へ突撃する。エッチに比べると締まりのない体つきをしているが、険しい雰囲気と、そして何より腰に下げている剣が、戦いをなりわいとする者だと明かしている。
「さあな」
男は莢にろくに顔を向けないまま歩き過ぎた。足取りに急いだ風情はなく、単に面倒臭がっただけなのは確実だった。
莢の内心は波立った。しかしそもそも向こうに答える義理はないのだ。食い下がったところでさらに邪険にされるのが落ちだろう。冷静にならないと。今この場にエッチはいない。莢を守る剣は届かない。
「すいません、ちょっと聞きたいんですけど」
気を取り直して別の相手に向かう。失敗に終わる。その次も、そのまた次もだめだった。目についた端から声を掛けても、色よい返事は貰えない。素通りから怒鳴られるまで反応は様々だったが、ツケの回収に非協力的という点では全員が一致協力しているかのようだ。
おそらくもうやるだけ無駄だ。そもそも莢にできる仕事ではなかったのだ。だがもしこのままただの骨折り損で終わってしまったら、あまりに自分がかわいそう過ぎる。せめて一人だけからでも取り立ててやる。
半ば意地、半ばヤケで莢は決然と顔を上げた。
折しも扉を開けて新しく男が入ってくるところだった。ずいぶん若い。莢の基準で言うならまだ高校生ぐらいだろう。
まるで討ち入りかのように肩を力ませ、だがそのわりに迫力には乏しくて、いっそ“はじめてのおつかい”といった趣だ。
莢は果敢にその男というか少年の前へ近寄った。
「こんにちは」
「え、えっ? わ、か、かわっ、ん、んんっ、ごほんっ……な、なんだよお前は」
正面から見上げた莢に、少年は初め不思議なぐらい動揺を示したのち、一転して突っ慳貪な態度に変わった。
けどいける。莢は直感した。ここは押していくべきところだ。
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