第6話:riflescope

これはゲームなんだ。

そう思い込めば恐怖も多少は和らぐし、体も動くはず。

そうだ、いつも通りやればいいんだ。

必死にそんなことを自分に言い聞かせてみたが、足元に横たわる大量の屍を見て、急激な吐き気が襲ってきた。

さっきは本当に危なかった。

あと数秒遅ければ私もこの屍の一部になっていたかもしれない。

それにしても、一体誰があのゾンビの頭を撃ち抜いたのだろうか。


??「大丈夫ですか?」


声のした方を振り向くと、スナイパーライフルを抱えた女の人が走りながら私の方へ近づいて来ていた。

警戒した私が武器を構えると、女の人は慌てた様子で両手を上げた。

そして、周囲を見渡し、私たち全員が無事であることを確認すると、安堵の表情を浮かべた。


??「良かった。みなさん、無事のようですね」


井上「ひょっとして、あなたがさっきのゾンビを?」


私がそう聞くと、その女の人はさらに慌てた様子で深々と頭を下げた。


??「ごめんなさい!私、余計なことしちゃいましたよね」


井上「え?」


??「あんなにお強い方だとは知らなかったので。大事なポイントを奪うような形になってしまい、すみませんでした」


そう言うと、その女の人はますます深々と頭を下げた。

失礼なことをしてしまったと思い、私も慌てて構えていた武器を下ろした。


井上「や、やめてください!感謝してるんです。あのままだったら私はゾンビになっていましたから」


??「怒ってないんですか?良かった…この世界ではポイントが全てですから。あ、いきなりすみませんでした。私は『ぞのれい』といいます」


その名前には見覚えはなかった。


井上「『ぞのれい』さん…私、『いのり』っていいます」


れい「あちらの方たちもお仲間ですか?」


井上「一人はそうですね」


れい「なるほど。つまり、お二人で行動されているということですね」


『ぞのれい』は腕を組ながら何か考え込んだ様子だった。


れい「すみません、みなさんをここに集めていただけますか?私が声をかけると警戒されると思うので」


私は彼女に言われるがまま、三人を呼び寄せた。

敵対心が無くなったのか、『べりさ』たちも素直に集まってくれた。

きっと私たちが倒すべき相手はゾンビなのだと再認識したのだろう。


土生「『いのり』、大丈夫だった?やっぱりあなた強いのね。私の目に狂いはなかったわ。ところで、この人は?」


井上「この方は『ぞのれい』さんです。さっきゾンビに襲われそうだったところを助けてくれたんです」


土生「あれ、君だったんだね。あの状況でゾンビだけを一発で撃ち抜くなんて相当な腕だけど、ランキングでは一度も名前を見た記憶がないね。君がここに来る前のランキングはいくつ?」


れい「2位でした」


井上「え?」


私と同じランキング?

もちろん私も常に2位をキープしていたわけじゃないけど、『ぞのれい』なんて名前の人はランキング上位には居なかったはず。


井上「私も2位でした。けど、『ぞのれい』さんのことは一度も…」


れい「私のことを知らないのは無理ないです。私がこの世界に飛ばされたのは10年前ですから」


血の気が引いて言葉にならなかった。

10年もこの世界でゾンビと戦い続けているの?

それほどまでにランキング1位を取ることは難しいということか。


れい「ごめんなさい、戦意喪失しちゃうようなことを言ってしまって。あ、でも悪いことばかりじゃないんですよ?この世界に居ると年を取らないんです」


りさ「それ、フォローになってないから…」


呆れた様子で『べりさ』が深くため息を付いた。


りさ「『べりか』、そろそろ移動するよ。もうここに用はないから」


『べりか』は無言で頷くと、立ち去ろうとする『べりさ』に付いていこうとした。


れい「『べりさ』さん、もしかして『ひかる』を探しているんですか?」


『べりさ』がピクリと反応し、立ち止まった。

私たちはその名前を知っている。


井上「『ひかる』って、まさか…ランキング1位のですか?」


れい「そうです」


りさ「あなた、『ひかる』がどこに居るか知ってるの?」


『ぞのれい』は無言で首を降ってみせた。


井上「『べりさ』さんはどうして『ひかる』を探しているんですか?」


りさ「そんなの決まってるじゃない。1位を取るためよ。そのために一番効率の良い方法が『ひかる』と手を組むこと」


確かにゲームでも常にランキング1位の『ひかる』と同じチームになることが出来れば。だけど…


井上「けど、『ひかる』ならあっさり1位を取って、この世界からとっくに抜け出しているかも。いや、そもそもこの世界に飛ばされてすらいない可能性だって…」


りさ「そんなことは分かってる!けど、他に方法がないの!私たち二人じゃ1位なんて取れないもの!」


声を荒げる『べりさ』をそっと『べりか』がなだめる。


れい「居場所は分かりませんが、『ひかる』はここに居ますよ。10年前からずっとランキング1位を取り続けているんです」


土生「10年前から?君はおかしなことを言うね。だって、この世界でランキング1位を取ったら現実世界に戻ることができるんだろ?ルールが破綻しているじゃないか」


れい「それは『ひかる』がこの世界に残る選択をしているからです」


土生「そんな…一体何のために?それに、現実世界のゲームにも『ひかる』は確かに居た。偶然、名前が同じだっていうの?」


れい「いえ、おそらく同一人物かと。彼女だけはこの世界と現実世界のどちらにも存在することが許されているんです」


土生「そんなの納得できない!」


温厚な『土生名人』も思わず声を荒げてしまった。


井上「気に入られてるんですよ…神様に」


土生「どういうこと?」


井上「『ひかる』はきっと私たちとは違う基準で選ばれたんだと思います。それが何なのかは分かりませんが」


れい「『いのり』さん、少し違います。この世界を…B.A.Nを創り上げたのは神様ではありません。一人の堕天使なんです」


井上「堕天使?」


れい「はい。彼女は元々、神様に遣える天使でしたが、人間に興味を持ちすぎてしまったため、天界を追放されてしまったんです。けれど、人間に興味があった彼女にとっては逆に好都合だったのでしょう。地上に墜ちると、すぐさま思い通りの物を創造出来る力を使って、B.A.Nを築き上げたそうです。人間の行動を観察するために」


土生「馬鹿馬鹿しい。そんな話、信じられない」


れい「信じてもらわなくても構いません。信じようが信じまいが、今のこの状況は変わりませんから」


井上「その堕天使は、どうして『ひかる』をこの世界に連れてきたんでしょうか」


れい「まだ分かりませんか?」


井上「え?」


れい「その堕天使こそが、『ひかる』なんですよ」


堕天使の『ひかる』は仮想現実B.A.Nを創り上げると、現実世界で時間を無駄に消費している人間たちを次から次へとこの世界に引きずり込んだ。

そして、ランキング1位を取らないと現実世界に戻れないという過酷なルールを設定すると、自らもプレイヤーとなり1位を取り続けた。

つまり、現実世界に戻ることが出来た人間なんて誰一人いないんだ。

なんせ、相手は限りなく神様に近い存在。

いくら人間が束になってかかったとして、勝てるわけがないんだから。


井上「チートじゃん…そんなの」


土生「だよね。ゲーマーとしてあるまじき行為…」


井上「なんか腹が立ってきました。そんないかさま野郎に負けていたなんて…『ひかる』は堕天使なんかじゃありません。ぺてん師ですよ!」


土生「お、上手いこと言うね」


井上「『土生名人』、勝ちましょう!やってやりましょうよ!」


私は『土生名人』と固い握手を交わした。


れい「驚きました。てっきり諦めるものかと」


土生「『べりさ』、それに『べりか』。君たちも私たちと組まない?」


りさ「え?」


土生「今の話を聞いて分かったでしょ。『ひかる』はきっとチームを組んでなんかくれないよ。だったら私たちで1位を目指そうよ。それが一番効率の良い方法じゃない?」


しばらく考え込んでいた『べりさ』だったが、『べりか』の後押しもあり、私たちはチームを組むことにした。

もちろん『ぞのれい』もチームに加わらないかと誘ってはみたが、一人でも多くの人をゾンビから救いたいからという理由で私たちと行動を共にすることなく去っていった。

きっとこうやって10年もの間、誰かを救い続けてきたのだろう。

孤独な狙撃手の背中はとても優しく大きかった。



続く。

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