第2話:誰のせいでもない戦いの記録

あまりにも一瞬の出来事で理解が追い付かない。

確かにさっきまで自分の部屋に居たはずなのに。

テレビやスマホはどこかに消えているし、カップ麺の匂いもしない。

あのまま寝落ちしてしまい、夢でも見ているのだろうか。

少し落ち着きを取り戻した私は建物の探索を始めた。

すると、私はあることに気がついた。

間違いない。これはゲームの世界だ。

しかも、さっきまで夢中になって遊んでいたゲーム。

やっぱりこれは夢なんだ。

私は夢の中でゲームの世界に迷い込んでしまったんだ。


『残念ですが不正解です』


またあの声だ。

どこからか分からないけど、遠くから聞こえる女の人の声。

私は周囲を見渡した。

けれど、誰かが居る気配はない。

不正解?私の心の声が聞こえているとでも言うのだろうか。


『あなたはBANされました』


声の主は再び私にこう言い放った。

私は怖くなってその場にうずくまって動けなくなった。


??「そこに居るのは誰?」


さっきとは違う女の人の声がした。

今度は明らかに誰か居る気配がする。

私はただ震えて怯えることしか出来ずにいた。


??「大丈夫。私は味方だから…たぶん」


自信なさげな声のする方に目を向けると、まるでモデルのように美しい長身の女の人が立っていた。


??「私の名前は『土生名人』。あなたは?」


井上「私は…いのう…」


そう言いかけたところで、私はハッとした。


井上「土生…名人?」


その名前を私は知っている。


井上「土生名人って、もしかしてランキング3位の?」


土生「君、私のこと知ってるの!?」


『土生名人』と名乗る女の人は驚きを隠せない様子だった。


井上「私、『いのり』です。分かりますか?」


『いのり』とは、私が迷い込んだこのゲームで使っているユーザーネームだ。


土生「え!『いのり』って、あの『いのり』なの!?ランキング2位の?」


井上「は、はい。一応…」


このゲームはプレイヤーたちが建物の中に隠されている武器を使って、次々と襲い来るゾンビを倒すことでポイントを競い合うというもので、総合獲得ポイントによってランキングが付けられる。

私はこのゲームが得意だった。

一度もランキング1位にはなったことは無いものの、常に上位をキープし続けていた。


土生「すごい!まさか『いのり』に会えるなんて!あ、ごめん。呼び捨てにしちゃって。なんかテンション上がっちゃって」


井上「あ、『いのり』で大丈夫です」


ゲームの中でランキング上位を競い合っていた相手がこんなにも美人な人だとは知らなかった。

私はしばらく『土生名人』に見惚れてボーッとしていた。


土生「『いのり』が居れば私も心強いよ。今の獲得ポイントはどのくらい?良かったら私たち組まない?」


『土生名人』の問いかけに再びハッとなった。


井上「ちょ、ちょっと待ってください!私、さっきこの世界に来たばっかりで…一体何が起きてるんですか?」


すると、『土生名人』の表情が急に曇り始めた。


土生「そっか。君はまだ何も知らないんだね。この世界のことを」


井上「『土生名人』は知ってるんですね!教えてください!」


土生「BANされたんだよ」


まただ。

だから、BANってなんなの?


土生「私たちは未来を失格にされたの。現実世界で生きる未来を」


井上「失格?どういうことか全然分かりません…」


土生「現実世界で時間を無駄に消費している人たちの中から選ばれた者たちがこのゲームの世界に閉じ込められるの。選ばれた者と言っても良い意味じゃなくてね。つまり、私たちはもう現実世界から必要とされなくなった存在ということなの」


説明されても理解が追い付かなかった。

時間を無駄にしている自覚はあった。

だけど、どうして?この先、どうなるの?


井上「けど、一体誰がこんなことを」


土生「神様だよ」


井上「え?」


土生「こんなことが出来るのは神様しかいない」


神様なんて信じていなかった。

けれど、今のこの状況は明らかに異常だ。

あまりにも非現実的すぎる。

非現実的…やはり、ここは現実世界ではないのだろうか。


井上「どうすれば現実世界に戻れるんですか?」


土生「1位になるしかない。このゲームのモードはチーム戦に設定されている。つまり、私たちを含めた5人のチームを作って総合獲得ポイントでランキング1位を取ることがこのゲームの勝利条件ってわけ。私たちはランキング上位同士。チームを組めば1位を狙えると思うの」


なるほどね。

本当にあのゲームと何もかもが同じなんだ。

最初は怯えていた私だったけど、なぜか少しだけワクワクしていた。


井上「あ、そういうことか…なんで気づかなかったんだろう」


土生「どうしたの?」


井上「このゲームのタイトルですよ」


土生「タイトル?」


"Battle Archives Nobody's fault"


誰のせいでもない戦いの記録。


井上「通称、"B.A.N"です」



続く。

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