「狐崎会長。もうその仮面、外してはいかがかな? 剥がれかけのものほど、見苦しいものはないのだからね。これ以上、僕たちに取り繕う必要などない。ハトちゃんはショックだろうが、僕は最初から君のことを支持していないからね」
「不支持……そう……得ることができなかった、たった二票……倉科くんが、その内の一票なのね」
突如、暗い笑みを浮かべて、狐崎会長は斜に構えた。
細められた瞳。つまらなそうな表情。そこには、いつもの穏やかな生徒会長の姿など、一欠片もなかった。
「無投票選挙にも関わらず、他の役員同様に投票があった選挙だね。二票ならば、それは僕と、あとはきっとフクロウちゃんだろうね。そのようなことを言っていた」
「なるほど。わたしは、問題児たちの心を掌握できなかったってことね……本当、厄介な存在」
「それが、君の本来の姿かい?」
「そうだけど? 何。全校生徒に言いふらす?」
「いいや。やっと、本当の君に出会えたと思ってね。むしろ、喜ばしいと感じるよ」
「……本当に変人だよね、倉科くんって。理解できないんだけど」
気持ち悪いものでも見るように、顔を顰める狐崎会長。
対する倉科先輩は、どこか楽しそうだ。
それにしても、驚くべき豹変ぶり。私は、開いた口が塞がらなかった。
「君が自身を偽ってまでも必死に作り上げた、誰もが認める素晴らしい生徒会長像。
「そう……そうよ。わたしは悪くない。わたしの邪魔をするやつが悪い。こんなにも今まで頑張ってきたのに、ここに来て邪魔をするなんて、絶対に許さない」
「ドッペルゲンガーが、会長の脅威?」
理解できずに戸惑っていると、そんな私へ倉科先輩が理由を教えてくれた。
「ドッペルゲンガーは、彼女は、決して声を発さない。たとえ声を掛けられても、それは変わらない。別人だと気付かれてしまうからね。ということは、すなわち友人、知人たちは狐崎会長に『無視をされた』と思うだろう。それは、今まで必死に築き上げてきた信頼を壊しかねない。それだけでなく、中には精神異常ではないかと考える者が出てくる可能性がある。何度も続けて『知らない』、『身に覚えがない』、『勘違い』は通じないからね。二重人格等、何らかの病気ではないかと疑われる恐れがある」
「そんなの嫌。頭がおかしいと思われるなんて、耐えられない。そんなことになったら、どうしてくれるの? 超常現象だか何だか知らないけど、どうしてわたしがそんな目に遭わなきゃいけないのよ。そう思ったら、段々怒りがわいてきた。……そんな時だったわ。公園で、実際にドッペルゲンガーを見たのは」
公園で見かけたドッペルゲンガーは、確かに自身そっくりだった。
周りの人間が本物だと思うのも、無理ないと思った。
しかし、彼女は同じ制服を着ている。
学校内に、こんなにも瓜二つの人間はいないはずだ。
であれば、本当に超常現象なのか。
驚きつつも、狐崎会長は慌ててその背を追いかけた。
「一本道で見失った時は、戦慄した。本当にあれはドッペルゲンガーで、一瞬にして消えてしまったのかと思った。でも、気付いたの。垣根の向こうに、誰かがいることにね」
不審に思った狐崎会長は、近くの物陰に身を潜めた。じっと窺っていると、しばらくして、ドッペルゲンガーが垣根から現れたではないか。
戸惑いつつも様子を見ていると、そっくりな彼女はきょろきょろと警戒するように辺りを見回しながら、公園を出て行く。
気付かれないようにその後を追うと、ドッペルゲンガーなるものは、そそくさと住宅街へ入っていった。
そうして辿り着いたのが――
「狸塚の自宅だった。そうして、思い出したの。二年の時の、あの子のメイクの腕を」
ドッペルゲンガーは、人間だった。それもクラスメイトの目立たない、暗めの女子。
どうして彼女がこんなことをするのかは、わからない。
しかし、明らかに邪魔だ。迷惑なことに変わりはない。
とはいえ、直接止めろとも言えない。どんな理由があれ、尾行したことがバレるわけにはいかないからだ。
そのため、どう対処したものかと狐崎会長は考えあぐねていた。
そんな折のこと――
「昨日の朝、報告と言って目安箱の設置が発表された。毎日、担当のチームが放課後に中身を確認することもね。そこで思いついたの。美化委員にあの子を『清掃』してもらおうって。頭の切れる倉科くんなら、狸塚のメイクの腕を知っているし、きっとあの子に辿り着く。そうなれば、わたしが直接手を下さなくても片が付くというもの。おまけに昼休み、あの子が一年生たちを連れて見回りをしているのを見て、担当日なのだと知ったわ。ということは、放課後に投書を見るのはあの子。入れるなら今だと思った。見て思い知るがいい。怯えるがいいわ。このわたしになりすまし陥れようだなんて、愚の骨頂だということをね」
あはははは、と愉快そうに顔を歪めて笑う狐崎会長。
私は、思わず口を挟んでいた。
「狸塚先輩は!」
「な、何よ。突然」
「ハトちゃん?」
二人の戸惑いも構わず、私は声を張り上げる。
「狸塚先輩は、狐崎会長に憧れていたんです。ただ、それだけなんです!」
「憧れ……?」
「大好きだったんです。憧れていたんです。会長のようになりたいって、変身したいって。ただ、それだけだったんです。邪魔しようとか、貶めようなんて、狸塚先輩は一ミリも思ってなんていなかったんです!」
狸塚先輩のしたことは、周囲に混乱を招いた。度が過ぎてしまったかもしれない。
それでも、あんなふうに笑われていいなんて、私は思わなかった。
「そうだね……彼女はやり過ぎてしまったけれど、純粋な気持ちで君を慕っていたのだよ、狐崎会長。君のように綺麗で優しく、誰からも慕われるような人になりたいと、努力を重ねていた。そのこと自体は、咎められるものではない。君が嘲笑っていい理由などないよ」
狐崎会長は目を逸らして、不服そうに口を閉ざした。
そんな彼女へ、倉科先輩は言葉を向ける。
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