狐崎会長に憧れていた狸塚先輩。彼女のようになりたくて、髪型を真似、ダイエットをして体型も似せた。

 チームリーダーのこともそう。人を率いる立場にある彼女のように振る舞いたくて、頑張った。

 それだけだったなら良かった。リーダーシップを発揮し、変わりたい自分を変えた。なりたい自分になれた。

 しかし狸塚先輩は、そこで終わらなかった。

 彼女は、アイデンティティすら壊し始めたのだ。

 ひたすら自身を磨く。憧れの人になりたいがために。自身が輝けるように。

 その夢を一つ一つ叶えていくたびに、彼女はもっと、もっとと思うようになった。

 少しでも彼女と同じでありたい。そのために違うところがあると、ひどく自身を苛んだ。

 どうして、この声は彼女のように優しく響かないの?

 どうして、この顔は彼女のように柔らかく微笑まないの?

 どうして、どうして……。


 ――ならば、変えてしまえばいい。


 メイクで目をもっと丸く。大きく見えるように。

 鼻はもっと高く、筋が通るように。

 そうしているうちに、元々優れていた彼女のメイク技術は更に向上。狐崎会長そっくりになることができてしまった。

 声はさすがに似せることは不可能だった。ならば出さなければ良い。

 そうしてある日、その顔で制服に袖を通し、鏡に自身を映し見た。

 その瞬間を忘れる日はないだろうと、彼女は言う。

 しばらく、彼女は家の鏡の前から動けなかったそうだ。

「そうして、家の中だけでは飽き足らず、とうとう外へ出て行ってしまった……これがドッペルゲンガー誕生の瞬間ということだね」

「憧れが、こんなことになってしまうなんて……」

「悪いことではないのだけれどね。君は、度が過ぎてしまった」

 エスカレートしていった、狐崎会長の真似。

 それが当人を悩ませることになるとは、露ほどにも思わず。

「狸塚さん。君は自分が何をしたのか、そのことをしっかりと考えることだ。狐崎会長が何故目安箱に投書したのか、彼女の身になってね。君は、狐崎会長が気持ちよく学校生活を送ることを、阻害したのだから」

 真剣な倉科先輩の声音。その言葉を受けて、狸塚先輩は反省したかのように顔を俯けていた。

「では掃除完了。じゃあ、僕はこれで」

 カバンを手に教室を去ろうとする倉科先輩。しかも「行くよ、ハトちゃん」と急かされてしまった。

 このまま、この状態の狸塚先輩を置いていって良いものか。逡巡したものの、倉科先輩には逆らえない。

 私は後ろ髪を引かれる思いで、空き教室を後にした。

「行くって、どこへですか?」

「最後の仕上げだよ」

 最後の仕上げ? 何のことだろうか。

 首を傾げながらも、廊下をただひたすら歩く。

 そうしているうちに、倉科先輩の足が止まった。

「さあ、あと一仕事だ」

「ここは、生徒会室……」

 そうか。狐崎会長に報告しなきゃいけないんだ。

 でも、ありのままを伝えるつもりなのかな?

「今日は、きちんとアポを取ってある。入ろう」

 ノックをし、ガチャリと扉を開ける倉科先輩。

 中には、狐崎会長ただ一人がこちらに背を向け、立っていた。

 彼女が、くるりと振り返る。

「お待ちしておりました。倉科委員長、白瀬副委員長」

「人払いをしてくれてありがとう、狐崎会長。さて早速だけれど、君が行ったことで、確認しなければならないことがある。美化委員の委員長として、掃除を実行する」

「ええ?」

 私は驚き、倉科先輩の顔を見る。

 しかし前髪の間からちらりと見えた彼の瞳は、いつになく真剣で。これが冗談でも何でもないのだと、雄弁に語っていた。

 ただの報告で終わると思っていたのに、掃除を実行するってどういうこと?

 この時の私は、ただただ驚愕することしかできないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る