8
駅前でこれ以上騒ぎ立てるわけにはいかなかったため、私たちは学校へと戻ってきていた。
神代先輩は思い切り走って犯人を捕まえたことに満足したのか、後のことは興味がないと言って立ち去った。
彼女のことだ。本当ならば、愛する超常現象を利用されたことに腹が立つところを「どうせ、これから変人にいじめられるんだろ?」と言って、身を引いた。
神代アウルと倉科将鷹。狸塚先輩にとって、いったいどちらに責められるのがマシか……それは、考えるまでもなかった。
だって、どちらも願い下げだったから。
「ここにしようか。さあ、入って」
人通りの少ない場所にある、空き教室を選んで中へ入る。
そこで、私そっくりのメイクをした狸塚先輩を前にした。
近くで見ると、私と狸塚先輩では骨格が異なるために、似ているけれど違う人と認識できた。
とはいえ、私の特徴を見事に再現している。少し離れた場所からであれば、問題なく騙せるレベルだ。
「現行犯逮捕……言い逃れなど許されない状況だけれど、改めて問うよ。君が狐崎会長のドッペルゲンガーだね?」
こくり、狸塚先輩は小さく頷いた。
駅前から、ずっと俯いている。
「君が、チームの子たちと一緒に持ってきてくれた、目安箱の投書。それさえなければ、未だに君は、ドッペルゲンガーでいられただろうね」
「あ……」
そうか。わかってしまった。
どうして、狸塚先輩が事の発端である投書を私たちの元へと持ってきたのかが疑問だったけれど、彼女は持ってこざるを得ない状況にあったのだ。
本当は、隠蔽してしまいたかった投書。しかし彼女は、チームメンバーとともに投書内容の確認をしていた。
例の投書を見たのは、狸塚先輩だけじゃない。パートナーはもちろん、チームメンバー全員が見ていただろう。
そこで握り潰してしまえば、そのメンバーたちに不審がられてしまうことになる。
リーダーシップを発揮し、これからの一年をともに行動していくチームメンバーの前で、彼女は隠すことも、誤魔化すこともできなかったのだ。
何故ならチームは、パートナーは、一緒に行動し助け合う仲間であり、同時に互いを監視する役目を持っているから。
チームの誰かが後から私たちにドッペルゲンガーの話をして、知らないという反応をされたなら、彼女が報告を怠ったことが、明るみに出てしまう。
その時に、どう言い訳をするか……何をどう言ったところで、チーム内の信用は確実に失われる。
それは、リーダーとして痛手でしかない。特に、元々そういった気質の人間でない彼女にとっては、尚更だ。
だから彼女は、投書を持ってくるしかなかった。報告するしかなかった。
ドッペルゲンガーの話を、私たちに聞かせるしかなかったのだ。
「僕たちは投書を元に、相談主が狐崎会長だと知り、彼女に話を聞いた。本人でさえまるで鏡の中の自分だと驚いてしまうくらいの、そっくりな人物が現れたという話をね。その人物が、本当にドッペルゲンガーであるのかどうか……彼女の依頼を受け、調査を開始した。しかし、超常現象なのか人間なのか。決定的な証拠は何も得られなかった。そこに、とある人物が現れる」
倉科先輩からのアイコンタクトを受けて、私はカバンの中から、昨日拾ったブーメラン型のキーホルダーを取り出した。
現在の彼女のカバンには、ついていない物だ。
「公園での調査中に、関係者と思しき人物と遭遇してね。逃げたその人物が立っていた場所に、落ちていたのだよ。到着時には落ちていなかったからね。おそらく、その人物の所有物だと考えて問題ないと、睨んでいる。これは、君の物だね?」
「昨日、同じ物をカバンに付けておられるのを見ました。私へ扮するために外されたわけでは、ありませんよね?」
「……ここまできて、しらばくれるつもりはないから。こんなキーホルダー、そうそう転がっている物でもないしね。だから、返してもらえると嬉しいけど」
「もちろん返すよ」
倉科先輩の言葉を受けて、狸塚先輩へとキーホルダーを手渡す。
受け取った彼女の顔が、一瞬綻んだ。
「君にとってそのキーホルダーは、ただの修学旅行の思い出でも記念でもない。とても大事な物だと察するよ」
「大事な物ですか?」
私の疑問に倉科先輩が頷く。「だって」と続けた。
「狐崎会長とお揃いのキーホルダーだからね。唯一の、彼女と揃いの私物。大事でないはずがない。何故なら君は、彼女を崇拝しているから」
「崇拝……?」
思わぬ言葉に息を呑む。それは、憧れという言葉で片付けるには、ひどく重い響きを放っていた。
「君なら、このキーホルダーを見せただけで、諦めて自白してくれるだろうとは思っていた。しかし、それは決定的な証拠にはならない。だから、罠を張らせてもらったよ。君をドッペルゲンガーの姿で追い詰めるために」
「昼休みの会話を聞いているって、バレていたのね」
昼休みの空き教室で、突如として超常現象説を強調し始めた倉科先輩。
そんな中彼は、不審がっていた私にそっと一枚の紙を寄越してきた。
それは、隣駅周辺に住んでいる生徒たちのリストの裏。
そこには「監視されている」と書かれていた。
しかし、そこは倉科将鷹。会話を聞かれていることすら逆手にとって、犯人を騙す作戦を立てたのだ。
それが、仲違いをしたように見せかけること。
私が一人で行動すると思わせ、尚且つドッペルゲンガーの存在を信じていないと伝えること。
そうすることで、この一件から私たちに手を引かせようと考えている犯人に、チャンスを与えようとしたのだ。
「ハトちゃんは名女優だね。アドリブであのような演技ができるのだから。『この目で見たものを信じます』と言った時は、頬が緩みそうになったものだ」
「まんまと騙されたわ……その言葉を聞いて、じゃあ見せつけてやろうって。信じざるを得ない状況を作ってやろうって、思ったもの。あの時点で、もう負けていたのね」
がくりと肩を落とす狸塚先輩。
その表情は、どこか吹っ切れたようなそれだった。
「最初は、ただ真似をしてみたかっただけだった」
「狸塚さんは、狐崎会長に憧れていた。それがすべての始まりだね」
こくりと頷く狸塚先輩。何があったのかを、話して聞かせてくれた。
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