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「着いた。学園に一番近い駅、鳥ノ森学園前駅だ」

 徒歩通学の私にとってはまさしく最寄りである、駅の前へ辿り着く。

 毎日学園に通う生徒、教職員たちで混み合うこの駅は、しかし部活中の時間帯とあってか、人影はまばらだった。

「先輩は、電車通学ですか?」

「ああ、そうだよ。なんだい? ハトちゃんは、僕に興味を持ってくれるようになったのかな?」

「いえ、そういうわけでは……」

「あははっ、ハトちゃんはつれないね」

 いちいち話が逸れるな。

 そういう会話がしたかったんじゃないんだけど……。

「ハトちゃんは、この駅をよく利用するのかな?」

「休みの日に、どこかへ出掛ける用事がある時くらいですね。時々という感じです」

「そうか。ならば想像をしやすいと思うのだけれど、彼女のドッペルゲンガーは休日、ここで友人たちに姿を目撃されている。おそらく平日のラッシュ時と違って、人混みの中ということはないだろう」

「確かに、休みの日ならこの駅を利用する人は、地元の人くらいですからね。見間違う可能性は低そうです」

 きっと、目の前の光景くらいの空き具合だろう。

 であれば、一瞬それらしい姿を見たというよりかは、バッチリ姿を見かけたという状態だろうか。

 あのオーラを放っている、狐崎会長のことだ。そうそう他の人と間違うことはないように思う。

 実際に本人も目撃して、まるで鏡に映った自身のようだと感じていた。

 自分でそう思うくらいだ。まるで生き別れた双子のような、もう一人の自分が現れたかのようにそっくりなのだろう。

「では、次は公園に行こうか。隣の駅だ。電車に乗るけれど、構わないかい?」

「はい、大丈夫です」

 ちょうど、ホームへ滑り込んできた電車へ乗り込む。空いている座席へ隣同士で座り、視界に入った先輩のカバンを眺めていた。

 そういえば、狸塚先輩も狐崎会長も、ブーメラン型のキーホルダーをカバンに付けていた。

 受験生の間では、ああいうのが流行っているのかな?

「どうかしたのかい? カバンをじっと眺めているね」

「ああ、はい。その、三年生の間でブーメラン型のキーホルダーが流行っているのかと思いまして」

「ブーメラン型のキーホルダー?」

「はい。狸塚先輩も狐崎会長も、カバンに付けておられたので、気になって」

「ふむ……」

 何かを考えるように視線を逸らしたかと思いきや、おもむろにスマホを取り出す倉科先輩。

 そうして、とある画像を私に見せてくれた。

「それは、こういった模様のキーホルダーだったかい?」

「あ、そうです。遠目だったのではっきりとは見えませんでしたけれど、こんな感じのキーホルダーでした」

 先輩が見せてくれたのは、木を使って作られたキーホルダーだった。

 トカゲやヘビといった生き物が真ん中に描かれていて、鮮やかに彩色されている。

 点描が特徴的で目を惹いた。

「これはアボリジナルアート。オーストラリアの先住民族が、情報の記録や伝達のために使用した絵画表現だ」

「アボリジナル、アート……」

「そう。そして、オーストラリアのお土産品だ」

「お土産ですか?」

 スマホから顔を上げて問いかける。先輩は楽しそうに頷いた。

「二年生になったら、君も修学旅行でオーストラリアへ行くことになる」

「あ、そうか……」

 そういえばこの学校、修学旅行先はオーストラリアだった。

 その時の記念に買ったキーホルダーを、二人は付けていたのか。

「同じクラスの女子たちが、揃って記念にと買っていたのを思い出してね」

「そうだったんですね。趣味にしては珍しいなと少し不思議だったので、スッキリしました」

「それは良かった」

 車内アナウンスが流れる。もうすぐ隣駅へ到着だ。

「それにしてもドッペルゲンガーなんて、本当にいるんですかね?」

「そうだね。いるかもしれないし、いないかもしれない」

「何だか、曖昧なお返事ですね」

「まだ、結論は出せないということだ。しかし、嘘は一切ないのだと思うよ」

「嘘、ですか?」

「どうも作り話ではなかった。そもそも、彼女はそんなことをしない。友人たちの証言もそうだ。からかうつもりならば、このようなオカルトの話題は避けるだろう」

「どうしてですか?」

 きょと、と首を傾げると、目的の駅に辿り着いた。

 席を立ち、電車から降りる。

 改札に向かいながら、先輩は「わからないかい?」と楽しげに口元を歪ませた。

「あ……わかりました」

「だろうね」

 二人で視線を前方へと向ける。

 そこには先程の答え――オカルト話題には目がない美女、神代アウルがいた。

 どうやら、駅内にある地域図を確認しているようだ。

「やあ、フクロウちゃん」

「げっ……何。二人揃って、こんなところで何やってんの? まさか、ドッペルゲンガーの調査じゃないでしょうね?」

「そのまさかだよ」

「はあ?」

 胡乱顔全開でこちらを見る神代先輩。どうやら彼女は、ここまで自転車を走らせてきたようだ。

「やはり、フクロウちゃんはすごいよ。あの紙一枚で、よくここへ辿り着いたね」

 そうだ。この人、手がかりはあの投書一枚だけだったのに。

 どうして、私たちに追いついているんだろう?

 狐崎会長の様子から察するに、私たちが訪ねる前にこの人が来たわけではないようだったし……。

 私たちが去った後に生徒会室へ辿り着いたのであれば、ものすごいスピードで自転車を漕いできたことになる。

「あんた、あたしのこと何だと思ってんの? 情報源が人間だけのあんたたちと一緒にしないでもらいたいね」

「そうか。君にはたくさんの『お友達』がいたね」

 さらりと会話しているけど、待って。「お友達」って何。誰のこと?

 情報源が人間だけって、どういうことなの? どうして、さっきから神代先輩の視線はその辺の、何もないところを彷徨っているの? それじゃあまるで、何かが見えているみたいじゃない。

「こいつらの方が、いろいろ知ってるからね。それよりも変人! よくもあたしを騙してくれたね」

 倉科先輩に詰め寄る神代先輩。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。

 いや、殴り合いではないか。神代先輩が一方的に殴る図にしかならないだろう。

 更なる困惑要素が増えて、私はおろおろと戸惑うことしかできなかった。

「騙す? 何のことかな?」

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