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「ドッペルゲンガーとは、自分自身の姿を自分で目撃する現象だと言われている。双子やそっくりな他人ではなく、自分の分身と遭遇した場合に当てはまる現象だそうだよ」
廊下を歩きながら、倉科先輩がとても楽しそうにドッペルゲンガーを語っていた。
おかしいな。私、倉科先輩といるんだよね?
これじゃあまるで、神代先輩みたいじゃないか。
「幻覚の一種で、自己像幻視とも呼ばれている。意識障害の疑いもあるね」
おお。この説明ならば、医者を家族に持つ倉科先輩らしい。
良かった良かった。私は、ホラーやオカルトの世界に足を踏み入れるわけじゃないんだな。
「とはいえ、説明できないことが多く、超常現象の一つとして扱われる。同じ人物が同時に別の場所に姿を現し、第三者が目撃するという話もあるからね。昔から多くの目撃や体験例が語られているのだよ。肉体から霊魂が分離、実体化したものという説もある。他には、その人物の死の前兆とも言われているね」
なんだろう……結局は、そういう方向の話になってしまった。
やっぱり、こういう話は美化委員ではなく、神代先輩に任せておいた方が良いんじゃないだろうか?
「ちなみに、今まで報告されている現象には共通点があるのだよ、ハトちゃん」
「共通点、ですか?」
「そう。たとえば、ドッペルゲンガーは周囲の人間と会話をしない。本人に関係のある、日常生活の範囲に出現する。突如現れ、そうして忽然と消える。それから――」
――本人が見ると、死ぬ。
「……」
どうして今、声を潜めて言ったのだろうか?
絶対にわざとだ。私を怖がらせて楽しんでいるに違いない。
くそう……泣きそうになんて、なってないからな……!
「というように、精神や脳疾患説が原因とされているけれども、不思議なことが多い話だ。そのため、どうしてもパラレルワールドや超常現象といった説が浮上する。フクロウちゃんを喜ばせるような、ね」
「はあ……」
「さて。今回、投書があったドッペルゲンガーの相談だが、原紙をハトちゃんは見ていなかったね」
そうだ。話だけ聞いていて、実際の用紙は神代先輩が持って行ってしまったんだった。
いくら意地悪な倉科先輩でも、私を怖がらせるためだけにこんな手の込んだ嘘は吐かないだろう。
狸塚先輩という証人もいるし、何よりも神代先輩が嬉々としていた。
こんな芝居を打つ必要などどこにもないし、彼女たちが協力する意味もない。
であれば、間違いなく実際に、そういった相談内容の投書があったんだ。
「中に書かれていた内容だけれどね、『ドッペルゲンガーなるものが現れ、困惑しております。調査を依頼できますでしょうか』というものだった」
「困惑している、ですか……」
なんだか、とても丁寧な言葉遣いだ。書いた人は生徒じゃないのかな?
「ああ……困っている。そんな人がこの学校内にいるということは、由々しき事態なのだよ」
だったら、私のこともどうにかしてもらえないですかね、なんて言えるわけはなく。
口を閉ざして、隣を歩く彼の言葉へ素直に耳を傾けた。
「そうして、投書は怪異調査同好会にではなく、美化委員へ向けられたものだった。だから調査をしようと思うのだよ、ハトちゃん」
「調査、ですか」
「ああ、調査だ」
「それで今、私たちはどこへ向かっているんですか?」
ドッペルゲンガーの調査をすると言って、荷物を置いて三年一組の教室を並んで出て。それから、目的地も知らされずに廊下を歩いている。
調査自体もいったい何をするのだか見当もつかないというのに、先輩は終始楽しそうに笑みを浮かべていた。
「おや、言っていなかったかい?」
「聞いていません」
聞かなかった私が悪いのか? それとも聞き逃した?
いや。思い返してみるけれど、やっぱり聞いていない。
確信を持って倉科先輩を見上げると、彼は「それは失礼」と言って、掴みどころのない、いつもの笑みを浮かべていた。
しかし、これだけは言える……この顔は、絶対に悪いと思っていない。
思わず、じとっと半眼になる。倉科先輩はそんな私の反応にも気分を害することなく、それどころか笑ってさえいた。
「不服そうだね。パートナーに対する配慮が欠けていたことは、謝罪するよ。許してくれるかい?」
「許すも何も……怒っているわけではないので」
「おや、そうかい。ハトちゃんは優しい子なのだね」
「そんなことは……」
「そうして、褒められ慣れていない、と」
「……」
どうやら、私は節々でからかわれているらしい。
むっとして、再び半眼を向けると「すまない」と、何やら楽しそうにしていた。
何がそんなに楽しいのだろうか。私は黙っていることにした。
「ついに口を閉ざしてしまったのかい? ハトちゃんの反応が楽しくて、つい余計なことを言ってしまったね。しかし、もうすぐ目的地に辿り着くことだし、そろそろ話を本題に戻そうか」
もうすぐ? あれ、この先にある教室って……。
「どうやら、気付いたようだね。そう、向かっていたのはここ――生徒会室だ」
言ったと同時。ぴたりと足を止めたのは、生徒会室前。
生徒会執行部のメンバーたちが仕事をしている教室だ。
「どうして、ドッペルゲンガーの調査をするために、生徒会室へ来たんですか?」
どこに向かえば納得したのか、なんて聞かれると困るのだけれども。それでも、この場所は予想外だった。
ドッペルゲンガーと生徒会……いったい何の関係があるのだろうか。
「それはね、ここに相談の投書主がいるからだよ」
「え、投書をした人が?」
「廊下で話をするよりも、直接本人へ尋ねるのが早いだろう。行こうか」
「え、あ……」
私の戸惑いなどまったく気にする様子もなく、倉科先輩は流れるような手つきでノックをし、そうして扉を開けた。
「三年一組、倉科将鷹。一年三組、白瀬小鳩。以上二名、美化委員が失礼するよ、生徒会執行部諸君」
名乗りながら、躊躇いもなくつかつかと室内へ入っていく倉科先輩。私はわたわたと困惑しながら、その場にただ突っ立っていた。開けられたままの扉から、室内を覗く。
中には当たり前だが、入学式の時に見た生徒会の人たちがいた。
生徒会長に副会長。書記に会計、庶務……誰もが三年や二年の先輩たちだ。
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