もう終わりだろうと気を緩みかけていた生徒たちは、突如低くなった倉科先輩の声音に、背筋を正した。
「清掃活動をする僕たちの中から、清掃される人間が出ないことを願っているよ」
しん、と静寂が降る。
誰もが息を呑んでいる中、たった一人。神代アウルだけが、大声で笑い始めた。
「あんたもな、変人」
「肝に銘じておくよ、フクロウちゃん」
二人の間で、バチバチと火花が散る。
双方の口元は、にやりと楽しげに歪んでいた。
「では早速、明日からよろしくお願いするよ。――解散」
こうして、ようやく本日の会議が終了した。
何かが起こる前にと、ぞろぞろと足早に生徒たちが会議室を後にする。
猫田先生も施錠を私たちに依頼して、そそくさと職員室へ戻っていった。
私はチーム編成をメモした紙や今日決まったすべてを議事録に纏めるべく、倉科先輩とこの場に留まっていた。
神代先輩もまだ残っていることに、内心びくびくしながら。
「いつか、絶対あんたを掃除してやるよ」
「楽しみにしているよ、フクロウちゃん」
「だから変な呼び方するなって言ってるだろ、この変人!」
最近わかったことだが、この二人。どうやら互いに喧嘩の手段の一つとして、美化委員に所属しているらしい。
ようは尻尾を出した方を清掃しようと、目を光らせているのだ。
そのために二人は毎年、美化委員になりたがる。立候補の理由は、誰よりも不純なものだったのだ。
互いを蹴落とすことができる環境に身を置いて、機会を窺いながら、普段は生徒たちや教職員たちを合法的に律する。
こうして神代アウルは暴れることができるし、倉科将鷹は意地の悪いことができて楽しめるというわけだ。
誰もが関わり合いたくないと思うのも、無理はない。
つくづく私はとんでもない人たちと関わり合いになってしまったと、溜息を零すのだった。
「えーっと、あとは……」
会議室内で繰り広げられる恒例の言い合いをBGMにしながら、箇条書きでノートを埋めていく。
二、三、子どものように「ばーか」とか「あほー」といった、およそ高校生の、それもトップクラスの秀才たちがするやり取りとは思えない、幼稚な喧嘩をして。そうして神代アウルは、ようやく会議室を出て行った。
静かになった空間に、倉科先輩の足音だけが聞こえる。
音は近付き、やがて私の隣で止まった。
「ハトちゃん、まるで書記のようだね。いつも助かっているよ。しかし君は副委員長であって、書記じゃない。次回は僕が書こう」
「いえ。会議の進行等、すべてお任せしてしまっているので……せめて、これくらいはさせてください」
「そうかい? しかし、ハトちゃんの書き方では議事録として不十分だからね。字も特徴的だから、解読に時間が掛かってしまうよ」
さらりと笑んだ口元で告げられ、刹那、フリーズする。
そうして慌てて泣きそうになりながら、私は消しゴムを手にした。
「……す、すべて消して、やり直します」
私は書記じゃないからとか、倉科先輩自ら書くと言ってくれたのは、どれも私に「書くな」ということを言外に告げていたのか。
そんなことにも気付かず、先輩の言葉を真に受けて……これじゃあ空気の読めない子じゃないか。
とにかく消してしまおう。こんな見苦しいものは、先輩の目の前から一刻も早く消し去らなければ。
私はそう考えながら、震える手で今し方書き終えたばかりの文字へと手を近付けた。
そこで、がしっと手首を掴まれる。
「ハトちゃんは、もっと自分の心を大事にするべきだよ」
「え?」
「冗談だから」
「じょう、だん?」
首を傾げて、隣に立っている先輩を見る。
その唇は弧を描いてはいたものの、少し困ったような声音だった。
「ハトちゃんが書く文字は達筆とは言いがたいけれど、可愛らしい。問題なく読める。一高校の委員会議の議事録なんて、決まったことや話し合った内容がわかればいい。せっかくここまで書いたというのに、消してしまうのはもったいないよ」
「じゃ、じゃあ、どうして……」
あんなことを言ったのか。そう問えば、今度は無邪気な声が降ってきた。
「ハトちゃんが、どういった反応をするのだろうかと思ってね。怒ったところを見てみたかったのだけれど、どうやら失敗したようだ」
「怒ったところ、ですか?」
「気になる子には、意地悪をしたくなるお年頃ということだよ。では、僕たちも行くとしようか。今日のうちに、目安箱を設置してしまうよ」
言いながら鍵を手に、扉へ向かう倉科先輩。
私は、何かが気になったはずなのに「早く」と急かされて、慌てて荷物を片付け、会議室を後にしたのだった。
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