7

「おまえ、本当馬鹿だよな」

「うう、志鶴う……ノート写させて……」

「は? 絶対嫌だ」

「……けち」

「あ? もう何も教えてやんねえぞ」

「う、嘘です。ごめんなさい。私が馬鹿でした。教えてください。お願いします。志鶴様!」

 昼休み。午後の授業までにやっておかねばならない宿題の存在をすっかり忘れていたことを思い出し、真っ白なノートよりも蒼白になって呆然としていた私を蔑んだ幼なじみ。

 案の定、写させてはもらえなかったけれど、馬鹿だ、阿呆だと罵りながらも、それでもこうして私に付き合って教えてくれるのだから、志鶴はやっぱり優しいと思った。

「やった、終わった! 間に合った! ありがとう、志鶴!」

「ったく、はいはい。良かったな。今度いつものジュース奢れ」

「オッケー。いちごにミルク入ったやつね」

 そういう可愛らしいものが好きだよねえ、志鶴は。

 いつも選ぶものが、甘いものや可愛いものなので、時々私より女子なのでは? と思ってしまうこともあった。

「にしても、朝は先に行ったはずのおまえが遅刻ギリギリで教室に飛び込んできたから、腹でも壊したかと思ったけど……先輩と会ってたとはな。で? 何だっけ。おれ、何とかの渦?」

 宿題をしながらも、私は志鶴に朝の倉科先輩との会話を話して聞かせていた。

 私としては、そんな渦なんとかよりも、パートナーに選ばれたことを伝えたかったのだけれど。

 気にするところ、そこなの?

「ちゃんと聞き取れよな。そんなんでわかるのか?」

「仕方ないでしょ。でも、確か渦って、そう言ってたのは間違いないよ」

「何だそれ……あ、これか? オレゴンの渦」

「あ、きっとそれだよ。先輩、たぶんそう言ってた」

「たぶんって、おまえ……」

 スマホを操作している志鶴の手元を覗き込む。

 そんな曖昧な単語で検索できるのだから、本当に便利な世の中になったものだ。

「えーっと? 世界の不思議……禁断の大地?」

「生きては出られない、悪魔に呪われた地……?」

 私たちは、互いに顔を見合わせる。

 何だ、これは。あの倉科先輩の口から出てくる言葉とは到底思えない。

 だってこんなの……。

「オカルト……おいおい。これって、神代先輩の分野じゃねえのか?」

「あ、思い出した!」

 昨日も聞いた気がしたと思ったら、神代先輩が帰り際に言っていたんだった。

 私はそのことを志鶴にも伝える。

「昨日の話でも出たって……このオレゴンの渦って、いったい何なんだ?」

 戸惑いながらも、情報を読み進めていく。どうやらアメリカ、オレゴン州のとある森の中にある地の話らしい。

「画像があるぞ」

「え、何これ……」

 出てきたのは、一枚の画像。そこには一軒の小屋のような建物が映っていた。

 しかし、それはまるで地面に引きずり込まれたかのように大きく傾いたもので。建物の周りに生えている木も、小屋に向かって斜めに渦巻いていた。

 それだけでも異様な光景だというのに、なんとその木造の建物の中心では方位磁石がくるくると回ってしまい、正しい方角を示さないという。

 他にも箒が支えもなく直立し、ボールを転がすと上へ上っていくとあるのだ。

「そんな、まさか……」

「動画もあるな」

 志鶴が再生ボタンを押す。その動画内では、確かに箒が立っていた。

「何か、仕掛けがあるんじゃ……」

「さあな。お、動画がもう一つあるぞ」

 好奇心に背中を押されたか。再生ボタンを押す志鶴の手元を、怖いもの見たさでドキドキしながら一緒に覗き込む。

 そこには、まったく身長の違う男女二人が立っていた。

「え! 何これ、どういうこと?」

「身長が、変わった?」

 小屋の前の地面に設置されている、細長いプレート。そこで、向かい合わせになった形でその両端に立っている二人が、立ち位置を入れ替えたというだけの動画だった。

 しかしその中で二人は、ただただ立っている場所が変わっただけだというのに、互いに身長が伸び縮みしてしまったのだ。

「実は地面が傾いている、とか?」

「調べたが水平だったと書いてあるぞ」

「……ええ?」

 研究者はその原因に、強力な磁場の歪みが考えられると述べているらしい。

 他にも、いろいろな説が噂されている地のようだ。

「どうして先輩は、この現象のことを言ったのかな?」

「昨日は、どのタイミングでこの話が出たんだ?」

「えっと……」

 記憶を辿る。神代先輩が帰る前だから、猫田先生のしたイカサマを暴く前だ。

「二日続けてくじが当たったことを喋っている時に、神代先輩が言ったの」

「ふうん……今朝の時は、詐欺がどうとかっていう話の流れじゃなかったか?」

「そう――って、詐欺?」

「もしかして、これもそうなんじゃねえの?」

 別の情報を探してみると、すぐに「ネタバレ」という単語に辿り着いた。

「完全に否定しているわけではないみたいだね」

「説明できるものもあるみたいだな」

 ようは錯視。思い込みによる錯覚ということらしい。

 ボールが上に上っていくように見えたのも、身長が違って見えたのも、それで説明がつくようだ。

 箒は、やってみると普通にできてしまうとも書いてある。更に仕掛けがされている可能性もあるかもしれない。

 コンパスが狂ってしまうのは、磁力を発生させる何かがあるのでは? と書かれていた。

 小屋は、わざと斜めに建てているのではないかという噂もあるらしい。

「観光地だってさ。ようは、ミステリーハウスなわけだ」

「騙された……」

 ああ、だから神代先輩と倉科先輩は、あの話の流れでオレゴンの渦と言ったのか。

 トリックがあるにも関わらず、疑いもせずに信じて。まんまと騙されて怖がっていたと知られたら「ほらね」と面白がられるのだろうな……。

「もう少し、疑うことを覚えた方が良い、か……」

「倉科先輩に言われたのか?」

「うん」

「ま、おまえは馬鹿正直だよな。鵜呑みにして都合の良いように使われて。貧乏くじばっか引かされてさ」

「人を阿呆の子みたいに言わないでよ」

 唇を尖らせてじとっと睨めつけてやれば、志鶴はしれっと「事実だろ」と言う。

 ムッとして、私はスマホをポケットに入れながら立ち上がる幼なじみを、下から睨みつけてやった。

「良いんじゃねえの? 別に」

「え?」

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