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「おまえはそれで良いのかよ」
「もう決まったことだから良いの。というか、どうして志鶴が怒ってるの?」
「おまえが呑気なことを言ってるからだろ。ったく、馬鹿じゃねえの? いや、知ってた。馬鹿だよ、おまえは」
次の日。家を出ると、約束もしていないのに志鶴とばったり出くわした。
目的地が一緒なので並んで登校していると、彼から委員会のことを聞かれたので、私は包み隠さず昨日のことを話して聞かせたのだった。
「馬鹿馬鹿って……そんなに言わなくても良いのに……」
唇を尖らせて抗議するも、この幼なじみはしれっと無視をした。
「しっかし、あの猫田先生がそんなことをするとはな……意外だ」
「でも、あの二人だから。関わりたくないのは、生徒だけじゃないってことでしょ」
猫田先生は昨年、神代アウルの担任教師だったそうだ。
彼らの担任から外れて、階もまったく違う一年生の担任になったことを喜んだのも束の間。なんと彼女は、美化委員の担当教員になってしまう。
あの二人が美化委員を志望することは、誰もが予想できること。それは教師も例に漏れず、予知能力などなくても明白な事実だった。
おまけに今年は特例で同じクラスにも関わらず、二人ともが美化委員になってしまった。
一人でも手に負えなかった生徒。だというのに二人揃ってしまったら、いったいどうなってしまうのか。
昨年の美化委員の担当は、ベテラン教師。何をするにも比べられることは必至。
自身の評価が落ちることも、これ以上のストレスを抱えることも避けたい。
そう考えた先生は疑うことをしない、自身の手足となって動いてもらえそうな生徒を配置することにした。
せめてそんな生徒がいれば、多少はやりやすいだろうという理由で。
そこで白羽の矢が立ったのがこの私、白瀬小鳩だった。
最初は委員のメンバーの中にいてくれたらという、小さな希望だったそうだ。
しかし、副委員長がなかなか決まらない。その時に考えてしまった。思いついてしまったのだ。
白瀬小鳩が副委員長になれば、より都合が良いのではないか、と――
絶対に神代アウルを副委員長にしてはならない。
彼女を避けつつ、白瀬小鳩を副委員長に仕立てる。
委員長はこれまた予想通りに、倉科将鷹が立候補してしまった。
彼と波風立てず、この一年をなるべく平穏に過ごすために。
そのための猫田先生への生贄が、この私だったのだ。
「で、実際はどうだったんだ?」
「実際って?」
「昨日、スローガン決めたんだろ? 問題なく終わったのかって聞いてんだよ」
「ああ、うん。倉科先輩がスムーズに進めてくれて、すぐに終わったよ」
「じゃあ猫田先生の思惑は、成功したんだな」
とはいえ、これからはどうなるかなんてわからない。毎回が昨日のように順調とは限らないのだから。
昨日は大人しかった神代先輩も、次は違うかもしれないし、倉科先輩が彼女を怒らせない保証なんてない。
そうなれば、もちろん私にも、誰にだって止められるものではないのだ。
ただ他の誰かが副委員長になっていれば、ああはいかなかったかもしれない。その人が怯えるようなことがあったり、やる気がなく適当なことをしてしまえば、先生には余計な仕事が増えるのだから。
「おまえ、いざとなると意外に根性据わってるもんな。緊張しいのくせにさ」
「意外って何よ。失礼な。真面目なの。責任感があるって言ってよ」
「言ってろ。で? 結局、先生のこと許したのかよ」
「まあ、そういうことになるのかな。最初から怒ってないけど」
「ふうん。ま、おまえが良いならいいけどさ」
話している間に、私たちは学校へと辿り着いていた。
職員室に用があるという志鶴と別れて、一人で校舎の最上階にある教室へと向かう。
と、その途中で見覚えのある背中を見つけた。白衣が動きに合わせて揺れる。
私は、その白へ声を掛けた。
「倉科先輩、おはようございます!」
「おや、ハトちゃん。おはよう。朝から元気だね」
たたっと駆け寄ると、先輩はその場で待ってくれていた。
追いついた私は、頭を下げる。
「昨日は、ありがとうございました!」
「どういたしまして。彼女に文句の一つでも言えたかい?」
「え? いいえ、何も」
「何も? 君は騙されて、良いように使われていたというのに?」
その声には、不思議そうな音が滲んでいた。
目が隠れているのに感情が読み取れるなんて、意外とこの人は面白いかもしれない。
「そうかもしれません。だけど、一年生で役職を持つなんて、こんな経験はなかなかできることではないので。理由が何であれ、一度決まったことです。緊張してしまうこの性格を克服するチャンスだと思って、頑張りたいと思います。それに、捉えようによっては私にならこなせると、先生に期待されているってことですよね?」
胸を張って言えば、ぽかんと空いていた口が、やがて弧を描いた。
肩を震わせながら、そうして先輩は大声で愉快そうに笑う。
「随分とポジティブなのだね、ハトちゃんは。少し、いや、だいぶと意外だったよ」
「は、はあ……」
「君はとても面白いね。気に入った。これから一年、美化委員のパートナーを君にするよ」
「……え――?」
美化委員のパートナー? 何、それ……そんなの、あったっけ?
「次の委員会議で提案しようと思っていたのだけれどね。それぞれが個々で活動するのではなく、パートナー制度にした方が良いのではないかと考えていたのだよ。互いの監視をしながら、問題が起きた際には連携を取り助け合う相手だ。ようは相棒。バディだよ、ハトちゃん」
「ば、バディ、ですか……」
「パートナーは、可能な限り行動を共にするため、気の合う相手が好ましい。とはいえ、馴れ合いも良くないからね。別学年同士で組むのが良いと思っていたところだ。だから、ちょうど良かったよ」
気に入られるのは、良いのかもしれない。嫌われるよりかは。
しかし、今。この人、何て言った?
「か、可能な限り、行動を共にする、ですか?」
「ああ。でないと、取り締まりや問題を発見した時に、対処が遅れてしまうだろう?」
ああそうだ……美化委員って、様々な問題に首を突っ込んでいく委員会だった――!
「そういうことだから。よろしく頼むよ、ハトちゃん」
ああ、もうこれ、決定なんですね……私の意思など、無視なんですね……。
そう私が項垂れていると、先程よりも真剣さが滲んだ声音で、先輩に話し掛けられた。
「それからハトちゃん。美化委員の仕事をしていく上でもそうだけれど、君はもう少し疑うということを覚えた方が良い」
「疑うこと、ですか?」
「君は二度も続けて『はずれ』くじを引くなんて、そのような偶然がそうそう起こり得ると思うのかい? 二、三人という少人数での確率ではないのだよ? 二十人、三十人という人数にて行った中で引き当てる。それがどれだけの確率で起こることなのかを、結果だけに流されず考えてみてほしい」
「え、えっと……」
数学はちょっと……。
「滅多にないこと、ということは察しました。なんとなく、ですけど」
「ははっ、そうか。きっと君には、プラシーボ効果が
硬い声音から一転。先輩は、楽しそうに笑った。
「プラシーボ効果、ですか?」
「聞いたことはないかい? たとえるなら、腹痛を訴える者に胃薬だと言って、ただの飴を渡すとしよう。渡された人間は胃薬だと信じて飴を口にする。すると不思議なことに、それだけで胃痛が治るというものだ。暗示操作だね」
「暗示操作……」
「疑うことを知らず、そうだと信じ思い込むこと。与えられた情報だけを鵜呑みにして、考えることすらしない――とはいえ。そうやって今まで生きてこられたのならば、それはそれで幸せなのかもしれないね」
「先輩?」
くすりと口元で笑ってみせる先輩。
しかし私には、どこか寂しげに見えた。
「ということだから、ハトちゃんは詐欺に遭わないよう気を付けることだね」
「さ、詐欺ですか?」
「いや、実は気が付いていないだけで、既に遭っているという可能性も……?」
「お、脅かさないでくださいよ!」
「あはは、すまないね。しかし、本当にオレゴンの渦のような出来事だった」
「お、おれ? 何ですか?」
そういえば昨日、そんな単語を耳にしたような……?
「おっと、そろそろ時間だね。鳥ノ森学園の生徒たるもの、授業に遅れてはならないよ。ましてや君は、美化委員の副委員長なのだからね」
予鈴が校内に響き渡る。
なんて真面目な生徒か。言っていることが、まるで風紀委員か生徒会執行部のようだ。
と思考している間に、先輩は早足で去って行ってしまった。
「ちょっ、まだ話が……って、早い……」
手を振りながら行ってしまった白衣をやむなく見送って、私は階段を上って自身の教室を目指した。
私も美化委員になったのだ。ターゲットになるような真似だけは避けなければ。
そんなことを考えながらも、すたすたと競歩のごとく歩き去って行った背中を思い出し、私はくすりと笑みを零すのだった。
◆◆◆
上機嫌で教室の扉を潜る。中には珍しく彼女の姿があった。
「おはよう、フクロウちゃん。珍しいね。君が僕より早く登校しているなんて」
「ああ? 別に、そんな日もあるって。というか、あんた何ニヤニヤしてるわけ? 気持ち悪い」
僕は自身の表情筋へ意識を向ける。どうやら頬が緩んでいるようだ。
「いや、何。これから、とても楽しくなりそうだと思ってね」
「はあ?」
鋭い目つきに蔑まれながら、僕は自身の席へと向かった。
特定の人間以外には、あまり関わってこなかった僕だけれど、あの子は面白いかもしれない。
あんなにもいい子は、あの時の彼以来だろう。
きっと、姿を重ねているのかもしれない。
だからだろうか……そばにいようとするのは。
「まあ、どちらにせよ、あの子はあの子だ。放っておくと、また何かに巻き込まれてしまいそうだからね」
僕は、先程別れたばかりの彼女の姿を思い浮かべながら、これからの委員活動について思いを馳せるのだった。
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