私が、がくりと肩を落とし黒髪を揺らしていると、先輩が先生のそばへ行き、声を掛けていた。
「猫田先生、副委員長が決まりましたよ」
「あら。では、白瀬さんが引いたのですね」
「……、ええ。そのようです」
私の隣で、引いたくじを握り締めていた数名と、そうして列に並んでいた残りの一年生たちは、皆一様に胸を撫で下ろしていた。先輩たちからは、哀れみの視線を感じる。
良いなあ……とはいえ、これは公平無私なくじ引きだ。引いてしまった以上、諦めて大人しく受け入れるしかない。
なんてったって、異議申し立ては許されていないのだから。
「では皆さん、席に戻ってください。倉科くんと白瀬さんは、前へお願いします」
猫田先生の声掛けに、生徒たちがぞろぞろと席へ移動していく。
対する私は、同じく名を呼ばれた先輩とともに、教壇に立った。
「倉科くん、白瀬さん。一言、挨拶をお願いできますか?」
「え……」
「わかりました」
一言……だって?
どうしよう。人前にこうして立つのも嫌なのに、何か話せとは……。
顔を上げれば、多くの目がこちらを向いていた。
途端、息が乱れる。緊張を意識してしまった。
彷徨った視線が、足元をロックオンする。無意識に、ぎゅっとスカートを握り締めていた。
しかし、表情を強ばらせた私のことを気に留める者など、いるはずもなく。一歩前へ出た先輩が、平常と変わらぬ声音で口を開いた。
「三年一組、倉科将鷹です。自ら立候補したからには、しっかりと責任を持って取り組み、皆の模範となるよう振る舞うことを誓います。もちろん委員長として、この学園の誰もが気持ちよく学校生活を送ることができるよう尽力すると、約束します。至らない点もあるとは思うけれど、皆もついてきてもらえると嬉しい。これから一年、よろしく」
パチパチと拍手する先生に倣うようにして、生徒たちが手を叩く。
そんな心のこもっていない拍手にも、変わらずにこりといつもの笑みを浮かべて、さらりと挨拶を済ませた先輩が、一歩下がった。
今度は私の番だ。ぎこちない動きで、倉科先輩が立っていた場所へと移動する。
そうして私は、視線を独り占めする形になってしまった。
「え、えっと……」
声が震える。何かが喉に詰まっているようだ。いつも話しているように出てくれない。
とにかく、何か言わなきゃ。まずは、何を言えば良いんだっけ?
そう私が緊張からおどおどしていると、ふいに斜め後ろから声が掛けられた。
「ハトちゃんは、何組だったかな?」
「はっ……」
ハトちゃんって……!
こんな、皆が見ている前でこの人、なんてことを!
私が恥ずかしさと驚きのあまり固まっていると、ざわざわと席の方から「ハトちゃん?」「ハトちゃんだって」という囁きが聞こえてきた。
絶対に今、この場の全員が、倉科先輩と私は仲が良いと思ったに違いない。どうしよう……こんな公開処刑、聞いてないよ……!
「さあ、ハトちゃん。君の名前を皆に教えてあげないと、これからハトちゃん副委員長と呼ばれてしまうよ」
笑顔で何を言っているの、この人。意地悪か。私が狼狽えているのを見て、楽しむ
とはいえ、抗議などできるはずもなく。私はぐっと堪えて、再び前を向いた。
ともかく、名前ね。名前を言わなきゃ……。
「し、白瀬小鳩です。えっと、一年三組です。が、頑張りますので、よろしくお願いします!」
そこまでを、勢いでなんとか言い切る。目はいつのまにか、ぎゅっときつく閉じていた。
と、先生がパチパチと拍手をしてくれる。私は慌てて頭を下げた。
倉科先輩の時よりも、二人目だからか。生徒たちからの拍手に温かみを感じたのは、気のせいかもしれない。
「倉科くん、白瀬さん、ありがとうございました。では早速ですけれど、この後の進行は、このままお二人にお願いしますね」
言って、会議室内の隅に置かれているパイプ椅子に腰掛ける猫田先生。
そこからは、私は副委員長ではなく、書記に決まったのかと思わずにはいられなかった。
倉科先輩主体でスローガンについて話し合ったのだが、私は一言も発さずに、ただ黙々と上がる案をひたすら壁のホワイトボードへ記入し続けて。そうして、本日の委員会は終了したからだった。
副委員長って、これで良いのかな?
脳内の疑問は解消されることなく、ぞろぞろと生徒たちが会議室から立ち去っていく様子を見つめる。
私も帰り支度のために座っていた席へ戻ろうと教壇を下りたところで、倉科先輩から声を掛けられた。
「ハトちゃん、お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
ハトちゃんと呼ばれ、思い出す。
副委員長に決まった時、緊張で頭が真っ白だった私をサポートするために、彼はわざとそう声を掛けてきたのではないだろうか?
私が、ちゃんと名前を言えるように……。
「ハトちゃんだって」
「可愛いね」
しかし、会議室を去っていくお姉様方がひそひそと話している様子から察するに、私の本名は忘れられているようだった。
きっと今日、明日くらいはネタにされているに違いない。
委員会のたびに陰で「ハトちゃん」呼ばわりされるのではないかと思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。
とはいえ、どんな方法や理由でも、私が助けてもらったことは事実。
私は、先輩へ頭を下げた。
「倉科先輩。挨拶の時はフォローしていただき、ありがとうございました」
「おや、丁寧にお礼だなんて。ありがとう。ハトちゃんは、いい子だね」
「いえ、そんな……」
「謙遜することはないよ。そこまで気が回る人もなかなかいない。大したものだ。しかし、ハトちゃんはあまりこういった役職に就くことには、慣れていないのかな?」
「はい、初めてです。人前って、緊張しちゃって疲れてしまうので……いつも運が悪いんですけど、今まではやりたい人が必ずいたので」
あははと空笑いを浮かべると、「運が悪い?」と首を傾げられた。
「はい。じゃんけんをすれば負けるし、ババ抜きでは滅多に勝てないし、くじ引きではこのように見事に引いてしまって……でも、二日続けてなんて、初めてだったんですけれどね」
「二日続けて……?」
何やら呟きながら顎に手を当て、考えるような仕草をする倉科先輩。
私は、何かおかしなことでも言っただろうかと、小首を傾げた。
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