「くじ引き、または僕が決める、ですか……その選択肢を材料とし判断するのであれば、僕が決めてしまうよりも、くじ引きの方が良いのではないでしょうか? 独裁政治よりも、批判的な意見のある方が良いと判じます」
「そ、そうですね……では、くじ引きで決めることにしましょう。反対意見はありますか?」
沈黙をもって、全員が肯定を示す。
それにしても、神代先輩以外であれば、たとえ誰が選ばれたとしても、独裁政治になると思うんだけど……そう考えていると、ふいに猫田先生と目が合った。
にこりと微笑まれる。
「白瀬さん。申し訳ないのですけれど、くじを作る手伝いをお願いできますか?」
「は、はい!」
「皆さんは、少し待っていてくださいね」
やはり彼女は救世主! 私をこの席から連れ出してくれるなんて。
女神が担任で良かったと感動しながら、今にもスキップしてしまいたい衝動を抑えつつ、嬉々として席を立ち、先生の元へ向かった。
「紙はこれを。人数分を切りましょう」
手渡された白い紙を、均等の大きさに切り分けて、四つ折りにしていく。
先生と二人でひたすら紙を切り、折った。
席で待つ生徒からは、抑えた声ながらも、ざわざわと話し声が聞こえる。
どれもが同じような内容。誰もが、不安を口にしているようだった。
その声を遠くに聞きながら、私たちは美化委員全員から二人分を抜いた数の無明記くじと、たった一つの「はずれ」を用意する。
さて、何に入れようかと顔を上げると、猫田先生がにこりと微笑んだ。
「できましたか? では、この袋に入れましょうか」
「わかりました」
猫田先生が、自身の荷物の中から取り出したのは、一枚のクリアなショッピングバッグ。
二人で一緒に折り畳んだくじを、その中へ投入していく。
先生が最後に振り混ぜて、準備は完了した。
「皆さん、お待たせ致しました。では、順番にくじを引きに来ていただけますか?」
まずは三年生からということで、先輩たちが一組から順に列を作って、くじを引く。
一発目に、一組の神代先輩が引いた。面倒くさそうな彼女が開いた紙は、真っ白。倉科先輩以外の全員が、ほっと胸を撫で下ろす。
誰もが引きたくはない「はずれ」だけれど、唯一彼女にだけは引いてほしくなかったために、安心した。
推薦や立候補と違って、くじで決まってしまえば、異議の申し立てなど不可能。
もし委員長、副委員長がこの二人に決まってしまったら、それこそ今年の美化委員は終わりだ。
そうならなかったことに安堵しつつも、しかし、まだ何も終わっていない。
むしろ、これからだ。倉科将鷹の隣に立ち、立場上、神代アウルの上に立たねばならない副委員長に、誰がなるのか。
緊張感漂う空間が、心なしか息苦しい。
誰もが見守る中で、次々と三年生が引き終わり、続いて二年生が列に並ぶ。同様に先輩たち全員が引き終わったが、ここまでで該当者は現れなかった。
残るくじは、あと八個。一年生の誰かが餌食になることが、明白となってしまった。
そっと、クリアバッグを見つめる……あの中に「はずれ」くじがあるなんて……。
八分の一、か……一気に確率が上がった錯覚に陥る。
「二年生まで引き終わりましたね。誰も当たりを引いてはいませんか? 文字を書いているくじが、当たりですよ」
誰が当たりだと思うかは、この際さておいて。きっとその説明がなくても、さすがに皆はずれは見た瞬間にわかるだろう。だって「副委員長」と書いてあるから。
しかし、なるほど。実は引いているにも関わらず、申告しないで隠しているというケースもあり得るのか。
であれば、万が一引いてしまっても、その手を使えば……いやいや、ダメだ。「はずれ」は一つしかないのだから、すぐにバレてしまう。
そうなった時が問題だ。今年度最初の標的――倉科委員長率いる美化委員のターゲット第一号になってしまう。
ぼーっと列の一員になってそんなことを考えていると、一人。緊張感とは無縁な変人が、にこにこしながら口を開いた。
「大丈夫ですよ、先生。僕が、きちんと一人一人のくじをチェックしていますから」
「あら、そうだったのですね」
なんと抜け目のない。だから教壇のそばに立っていたのか。これでは、不正ができないというものだ。
どのみちリスクしかないため、実行するつもりもなかったから、結果は同じなのだけれど。
「では問題ありませんね。次、一年生どうぞ」
問題は大ありだったけれど、誰もが黙って従った。
先輩たちと同じく、一組から順に並んで、くじを引いていく。
そうしてとうとう「はずれ」が出ないまま、私の番になった。
残ったくじは、六個。六分の一……まるで、サイコロでも振るかのようだ。
「さあ、白瀬さん」
促され、猫田先生の前に立つ。
縦長の透明な袋の口を向けられ、目を逸らしながら、意を決して手を入れた。
背けた顔。その視線の先には神代先輩がいて、ふいにどきりと鼓動が跳ねる。彼女と目が合ったのだ。
やや冷ややかな瞳とは裏腹に、形の良い唇がニイッと吊り上がる。
なんだかいたたまれなくて、私は慌ててこの場を離れようと、手を動かした。
くじを求めて彷徨う指。バラバラと動かし、こつんと最初に爪先へと当たった紙を掴み、そのまま真上に手を抜く。
折り畳まれた状態では、文字が書いてあるかどうかはわからなかった。後ろに並ぶ人へ先頭を譲るため、一歩横へずれる。
そうして、くじの結果だけではない理由でドキドキと鼓動が跳ねる中、ごくりと喉を鳴らして、私は普段祈らない神様に都合良くも懇願しながら、何故か薄目を開けてかさりと折り畳まれた紙を広げた。
そこには――
「あ……」
文字が書かれていた。見間違いようのない、先生の綺麗な字。「副委員長」の四文字だ。
口を開けたまま小さな紙を見つめていると、ふいに手元へ影が差した。
声が降ってくる。
「どうやら、決まりだね」
「――!」
いつの間にか目の前に立っていた倉科先輩の存在にも驚いたけれど、私は同時に自身の運の悪さにもびっくりしていた。
まさか、ここまで運が悪かったとは……どうやら、今日は厄日らしい。こんな日は、終わったらまっすぐに帰って、早く寝てしまおう。病み上がりだし。
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