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 この高等部の美化委員は、とても有名だ。学園関係者はもちろん、高等部から入学した新入生の私だって既に知っている。

 一般的に美化委員と聞くと、多少ながらも地味な印象を抱く人が多いのではないだろうか。

 校舎内外の環境美化に努め、清掃用具の管理を行い、誰もが気持ちよく学校生活を送ることのできるよう尽力する委員会。

 大掃除の時でさえ目立つことのないそんな美化委員に、まさかこの私が選ばれてしまうとは。

 掃除は嫌いじゃない。委員会活動がやりたくないわけでもないし、他にやりたかった委員があるわけでもない。

 言うまでもないことだが、目立ちたいわけでもない。

 であれば、どうして私がこんなにも渋っているのかというと、この鳥ノ森学園高等部の美化委員が普通ではないからだ。

 誰もが気持ちよく学校生活を送ることのできるよう尽力する委員会――それこそが問題なのである。

 清潔な校内の環境維持は当然のこと。しかし、その程度には留まらず、彼らはあらゆる問題に対処すべく、出動する。

 それがたとえ、校内の風紀に関する問題だとしても関係ない。

 この美化委員はを阻害するものをする委員会だから。

 そのために対象は校則違反の取り締まりから、服装規定の遵守。授業のありかたに、いじめ等々……。

 生徒だけでなく教師をはじめ、この学園に関わるすべての人間の問題に首を突っ込み、文字通りクリーンに清掃していく委員会。

 友情問題から色恋沙汰、家族関係までもが彼らによる清掃の範疇なものだから、プライバシー侵害も甚だしく。あの風紀委員や生徒指導の教師以上に、生徒たちからは毛嫌いされているという組織なのだった。

 そうして、風紀委員とは仲が悪い。それはそうだ。存在理由を根こそぎ奪っているようなものなのだから。

 と、それだけで誰もが目を背けたくなる集団なのだが、一番の問題は別にあった。


 そもそもの理由――美化委員には、あのという二人が所属しているのだ。


 二人は、二年連続で美化委員に所属していた。しかも自らの意思で。

 今年も、彼らは美化委員に立候補するに違いないという全校生徒の予想は裏切られることなどなく、見事的中。

 生徒会執行部でなければ、どの委員も所属は各クラス一人ずつにも関わらず、双方どちらもが譲らず、決着がつかなかったために。なんと例外で、彼らは同じクラスだというのに、二人ともが揃って美化委員に決まったのだそうだ。

 美化委員の仕事の定義に当てはめるならば、きっとこの二人こそが全校生徒、ならびに教職員にとって気持ちよく学校生活を送るための障害だと思うのだけれど、誰もそんなことを言えるはずもなく。

 こうして私は、次元の違うステージに立っていると思っていた有名人の二人と同じ組織に属し、嫌われ仕事をすることになってしまったのだった。

「鬱だ……」

 こんなにも憂鬱な気持ちで迎える放課後は、生まれて初めてだった。

 とはいえ、逃げるわけにもいかない。

 そんなことをすれば、美化委員の最初の餌食は、この私だ。今年度のトップバッター? 名誉の第一号? 有名人の仲間入り? ――嬉しくない。

 それだけは嫌だ。絶対に阻止せねば。なんとか平穏無事に、生き延びるんだ。

 できるだけ目立たないよう、他の生徒たちに紛れて時間までをやり過ごそう。よし、それが良い。そうしよう。

 そんなこんなで、ぐっと拳を作って。一人頷き、心に決意をした私は、美化委員会の会議に指定された教室へと、まっすぐ向かった。

「えっと、ここかな?」

 辿り着いたのは、あまり人気のない第二会議室の前。

 各部の部長会議や、こういった委員会の集まり等に使用される、生徒のための会議室だ。

 きょろきょろと辺りを見回すが、廊下には誰もいない。もう中に集まっているのだろうか? 遅れてから入るのも、目立つから嫌だな。

 そう考えた私は、そっと扉を開けて中を覗き込んだ。

「やあ、いらっしゃい」

「っ――!」

 中には、一人の男子生徒がいた。扉の音に気付き、彼が振り返る。

 他にはまだ誰もいないこととか、遅れたどころかむしろ早く着きすぎてしまったようだとか、普段の私ならばそんなことをぼんやりと考えていた場面だろう。

 しかし今の私には、そんな余裕など些かも皆無だった。

「制服が新しい。君は新入生だね? 初々しいな」

「……」

「初めまして。僕は、三年の倉科将鷹くらしなまさたか。ようこそ、美化委員会へ。歓迎するよ」

 私は返事もできずに、ただただ呆然と目の前の先輩を見つめていた。

 だってそう……いきなりこの人と一対一で話をすることになるなんて、思いもしなかったから。

 彼のことは、名乗られずとも知っていた。一目見て、そうだとわかった。

 天然の癖毛で、もさもさと散らかり放題の黒髪。前髪は長く伸ばされていて、目元は隠れている。だというのに、彼は眼鏡をしていた。

 話し掛けてくる声はとても優しそうな、柔らかなもので、何が楽しいのか、口元はにこにこと常に笑みを絶やさない。

 制服の上には必ず白衣を着ているという変人で、何故かそれが妙に似合っている。

 医師家系の長男として生まれ、成績は入学当初から学年トップを維持し、下がることを知らず走り続ける天才。

 しかし、体力はからっきしという十七歳。高校三年生。

 それが、関わってはならないと言われる男子生徒、倉科将鷹だった。

「どうかしたのかな? 僕の顔に、何かついているかい?」

「へ、あ、い、いえ……何でもありません!」

「そうかい? では、そんなところに突っ立っていないで、こちらへどうぞ」

「は、はい……!」

 見た目は、まあ第一の美化委員には、どちらかというと相応しくはない。

 白衣を着ているというのに、こう、爽やかさとか、清潔感に欠ける人だ。残念としか言いようがない。

 そういえば、風紀を取り締まる割には、本人が白衣を着ているけれど、これは良いのだろうか。とはいえ、規定に反してはいないのか? 白衣を着てはならないと、生徒手帳には書いていなかったような……?

 それよりも気になるのは、あの前髪だ。眼鏡をかけているようだけど、目元がほぼほぼ隠れている。

 見るつもりがあるのかないのか、不思議な状態だ。矛盾している。

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