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「どうして私が、美化委員になんて……」

 少しずつ見慣れてきた、高校の制服。戸惑わず辿り着けるようになった、主要教室。

 辺りを見渡せば、出身中学が一緒で同じクラスになった友達や、口は悪いけれど優しい幼なじみがいる空間。

 意地悪そうな人もいない。一人ぼっちは完全回避。

 そんな、順風満帆で始まった新生活に、安心し始めていた頃だった。

 入学当初の緊張のせいだろうか……まるで張り詰めていた糸がぷっつりと切れるかのように、私は昨日高熱を出し、学校を休んでしまったのだ。

 幸い夕方には熱も下がり、今朝もぶり返すことはなく元気に回復して、今日はこのように登校することができた。

 そうして、秀才の幼なじみに、昨日の分の授業ノートを見せてもらえるよう頼んでいた時のことだった。

 担任である猫田ねこた先生に声を掛けられ、爆弾を投下されたのは……。

「美化委員か……嫌だなあ……」

 美人教師からにこりと笑顔で告げられた事実を受け止めきれず、机に突っ伏して嘆く私。

 瞼の上で切り揃えられたぱっつん前髪を視界の隅に揺らしながら、顔だけを上げた。視野が明るくなる。ぱさりと、胸元まである黒髪が肩を滑り落ちた。

 何度目になるのかなんてわからないくらいの、盛大な溜息を零しながら、ぐずっと鼻を啜る哀れな人間を、幼なじみ――間宵志鶴まよいしづるは、しかし非情にも、躊躇なくばっさりと切り捨てた。

 こちらを斜に見下ろす瞳は、いつも通りだが同情なんて言葉は知らないとでも言い切りそうな、冷ややかなもので。それでも鋭く射抜かれることに慣れた私は、逸らさず受け止める。

「仕方ないだろ。運のないおまえが悪いんだから。うだうだ言ってないで、そろそろ大人しく諦めろよ。見てて鬱陶しいから」

「そんなこと言われたって……」

 唇を尖らせながら不服さを隠しもせず、机のそばに立っている志鶴を一瞥する。

 間宵志鶴、十五歳。高校一年生。

 家が隣で親同士も仲が良い、保育園児時代からの腐れ縁。

 頭が良くて、よく私を鼻で笑い馬鹿にしてくる上に、口調も辛辣で冷たい。しかし根は優しく、何だかんだ言いつつも世話を焼いてくれる友人だ。

 身長は平均値の私よりも低く、ぱっちりと大きい目をした童顔で、とても可愛らしい顔立ちをしている。

 きっと、私よりもこの制服が似合うのではないだろうかとさえ思えてしまう彼は、そう――志鶴という可愛らしい名を持つ彼は、れっきとした男子高校生だ。

 声も高めなのでそのことも相まってか、よくボーイッシュな女の子に間違われてしまう。

 本人はとても気にしていて、格好良い男になるという野望を持つ当人にとっては、目下の悩みだ。

 そのため容姿や名前のことでからかおうものなら、見た目にそぐわない日本拳法の腕前でボコボコにされてしまうのである。

 そんな彼は、風紀委員になったようだった。

「もう決まったことだろ。いつまでも拗ねてんじゃねえよ」

「別に拗ねてなんて……」

「拗ねてんじゃねえか」

「……拗ねてない」

 視線を逸らしてそう言えば、これ見よがしに盛大な溜息を吐かれた。

 わかっているのだ。今更何を言ったところで、この決定が覆らないことは。

 とはいえ、悔やんでも悔やみきれないのだから、仕方がない。

 だってそう……まさか昨日が委員会を決めるとても重要な、運命の日だったなんて思わなかったんだもの。

 知っていれば、無茶をしてでも学校に来たのに……。

 そう嘆くも、悲しいかな。志鶴は案の定、慰めの言葉すら欠片もくれはしなかった。

「本当、おまえって昔から不運だな」

 そう。私はいつだって、貧乏くじを引く。

 それはもう昔から変わらない、抗いようのない事実だった。

「せめて欠席さえしなければ、こんなことには……」

 項垂れる私に、しかし志鶴は「いや……」と否定語を口にした。

 どうにも歯切れが悪い。もごもごするなんて、彼らしくない。

 気になって私は顎だけを乗せていた机から頭を上げて、背筋を伸ばした。

「何かあるの?」

「え、ああ……おまえの運の悪さなら、結局のところ出席してたところで、結果は変わらないと思ってな」

「どうして?」

 私が欠席していたから、これ幸いとクラスメイトたちは、魔の「美化委員」を私に押しつけたんじゃないの?

 そう首を傾げていると、志鶴は片手で額を押さえて嘆息した。

 そのまま、じとっと睨めつけられる。

「おまえな……まだ日が浅いとはいえ、もう少し自分のクラスメイトのことを信用しろよ」

「信用って……何、どういうこと?」

「あのな……押しつけでも、余ったわけでもない。真っ先に決めたんだよ、皆で。恨みっこなしってな」

「え――」

 志鶴は教えてくれた。

 誰もが、なりたくなどない美化委員。しかし、誰かがならなくてはならない美化委員。

 であれば、もちろん立候補者なんていないのだから、公平な手段で決めようということになった。

 それが――

「くじ引き?」

「ああ。なかなか決まらないのもあって、猫田先生が公平に決めるならどうかと、提案してくれてさ。即席でくじを作ったんだよ。にしても、あの先生穏やかそうな見た目して、ちょっとせっかちそうだな。理路整然としてる辺り、数学担当って頷けるけど」

「そうだったんだ……」

「まあ、おまえにとっちゃあ、まさしく『貧乏くじ』引いたってことになるんだろうけどさ」

 まさか、そんな手段で決まったのだとは思わなかった。

 当たり前のようにクラスメイトを疑った自身が、恥ずかしい。

 心の中で、全員に謝罪する。

「それとも何だ? おまえの分のくじを引いた猫田先生でも恨むってのか?」

「そ、そんなことしないけど……」

「だったら、とにかく腹括ることだな。委員の集まりは、今日の放課後だぞ」

「ぐげっ……」

 さらりと告げられた事実に、踏み潰されたカエルのような声が喉から出る。

 私はまた熱が上がるのではないかと、頭を抱えた。

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