番外編・喧嘩した日(宝物は何ですか?)
なんだか、懐かしい顔が目の前にいた。謝りながらその男が私に顔を近付けてくる。緑色の瞳にかかる金色の睫毛が美しい。
「エリーナ」
彼の口が私の名を呼ぶ。
「…………って、ちがーーーーーう!」
私は必死になって否定する。逃げ道がなかったので、頭を一度下げて、彼に――――頭突きをした。
「エリーナ……」
「あ、ごめんなさい。えっと、えっとウィンディーネ!」
あれ、でもそうだ。この世界は……。
「エリーナ、なぜ君が精霊魔法を?」
「あ……、ウィンディーネちゃん」
水の妖精みたいな美しい顔の小さな精霊が、彼の顎に癒しの魔法をかける。
この子の顔も知っている。だって、この子は――。
◇
「何で……こんなことしたの……」
しょんぼりと頭を下げる、私の彼氏。彼の部屋で、今、私は悲しみに暮れていた。
「すまなかった」
「……すまなかったじゃないよ……。あれは、あれは――」
ダイスケが前の休みの日、CMでやってた、イムラーヤの期間限定高級肉まん三個セット。二人でしてるゲームの焼き印が入ってたの。
「旨そうだな」って、ダイスケが言うから私急いで買いに行って、今度のお休みに一緒に食べようって冷凍庫にしまってたのに。
ダイスケならきっと最後の一個は、エリナが食べなって言ってくれるから、じゃあ半分こしよって……する……つもりだったのに……。
今日冷凍庫を見たら、その肉まんは消えていた。三つ全部。
こんな事で喧嘩なんてしたくない。したくないのに……。
「ダイスケのばかぁぁぁぁぁ!!」
私は荷物も持たずに外に走っていって、近くの公園に座っていた――はずだった。
◇
「と言うわけなんだ。えっとエリナでいいのかな? 本当に君はエリーナではない?」
金髪の男が顎をさすりながら聞いてくる。
「違います。アルベルト様」
私は目の前の男の名前を呼ぶ。この人は、私がしていたゲームの登場人物。なぜこの人が目の前にいるのか、私は自分の髪や体を見た。見覚えがある。だって前に私はこの子になっていたから――。
「あぁ、確かにいつもの僕のフェアリーの呼び方と違う。だが、拗ねて演技をしている訳では――」
「ありません、アルベルト様」
「まだ怒っているのか? あれは――」
「だから、私はエリナ! あなたの婚約者じゃありません!!」
こちらは何かイベント中だったのだろうか。しかも喧嘩イベント?
婚約者エリーナの大好物「琥珀糖のしずく」をエリーナは一緒に食べようって持ってきてくれていたのにアルベルトが勝手に持ち出して、食べてしまったそう。まったく困った話だ。
あれ、どこかで聞いたような?
「あれはだな、家出していた妹も好物で、その、久しぶりに会えたから、あとで代わりのものをと思っていて」
はぁーと大きなため息が出る。
「もしかしてその琥珀糖のしずくはアルベルト様も好物ではありませんか?」
「やはり! エリーナっ」
「ではありません! あー、もう!」
何で、一緒に食べようっていって持ってきてくれたのに食べちゃうかな? 怒りたくなるよ! もう!!
「ちなみに同じ物を用意するには?」
「ダンジョンに咲くブルークリスタルの花の蜜をだな」
「採りに行きますよ!」
「え? いや、今からか?」
「用意するんでしょう?」
「そ、そうだが――」
「行きますよ!!」
これはきっと夢だ。すぐに覚める。だから、それまでに、取り返してあげよう。琥珀糖のしずくを。
私の肉まんは、限定だったから、もう買えないけど――、取り戻せるなら取り戻させよう。アルベルトからエリーナに渡して信用回復してあげなきゃ。
私は水色の長い髪を一つに束ね、ポニーテールにする。なんだか、懐かしい。
「エリーナ、ではないな。エリナ、付き合ってくれるか」
「ダンジョンは一人で行くと危険ですからね! でも、二人なら」
ブルークリスタルの花の蜜か。宝物リストに載ってなかったから、見つけられるかなぁ。
◇
「うん、なんとなくそんな気がしてたぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
彼と一緒に逃げる。とても懐かしいあの時の――、って、感傷に浸っている場合じゃない!!
大きな黒いヤツが追ってくる。だから、何で、女の子のゲームにコイツがいるんですか!!
「はぁはぁはぁはぁ、ごめん。エリーナ。エスケープ!!」
私はアルベルトの服を掴み脱出の魔法を唱える。
すると、すぐに視界が変わり、入り口に戻った。
「はぁ、他に、はぁ、手はないんですか……?」
息を整えながら彼に聞くと、あっさりと違う案を提示してきた。
「夕方から始まるハイエアートレースの賞品にあったような」
「行きますよ!!」
「え、でも確か」
「行きますよ!!」
有無を言わさず、私は彼をレース会場に引っ張っていった。
◇
「あら、ご機嫌よう。アルベルト様、それにエリーナ様」
「……」
ゲームのヒロインと、銀髪の魔術師がハイエアートに乗っている。
「今日の賞品は私の好きなお菓子です。渡しませんよ!! エリーナ様」
アルベルトは無理だろう? と私に無言で問いかけながら諦めの表情を浮かべている。
「私の!! やり込みに! 勝てると思うなよ!!」
アルベルトからメイン操縦席を奪いとり、私が操縦する。何人たりとも私の前は走らせない!!
お菓子をかけたハイエアートレースが始まった。
◇
「まったく、気をつけて下さいよ! ほんと!!」
私の手には、琥珀糖のしずくが入った白い布袋。
「すまなかった。エリナ。――だから、そろそろいつものエリーナに戻ってくれ」
「だから、私は――」
はーい、交代するねー! と、悪戯っぽい声が聞こえた気がした。
◇
「エリナ! エリナ!」
「ダイスケ……」
「良かった。いきなり眠いって言って横になるから何事かと――」
ここは、公園じゃない。ダイスケの部屋だ。どうしてここにいるんだろう。
「なぁ、エリナだよな? もう、エリーナ……とか言わないよな?」
「何言って……」
いい匂いがした。お腹がぐぅぅとなる。
「もう出来上がる。ほら」
ダイスケは笑いながら蒸し器の蓋を開ける。すごくいい匂いがする。これ、肉まんだ。
「ごめんな。同じ物は用意出来なかったから、俺の手作りになってしまったけど」
「ダイスケ……」
「全部エリナが食べていいから」
スマホにメッセージが入る音が鳴る。送り主は唯だった。
『エリナちゃん! 肉まんごめん。私が勝手に温めて薫君とお兄ちゃんに出しました。薫君、お兄ちゃんと久しぶりに会うって言うから、あの時の話のネタになりそうって思って。あのゲームのコラボ商品だよね。調べたら期間限定だったって、ほんとごめん!!』
謝ってるスタンプがいっぱい飛んでくる。
そっか、そういう事だったんだ。
「一人にいったいいくつ食べさせるつもりなの?」
「うっ……」
「一緒に食べよう」
「でも、それじゃあ――」
「今日の晩御飯はあのスープでお願い。付け合わせは私が作るね」
「エリナ」
「ごめんね。きちんと最後まで話を聞かないで飛び出して。探してくれたんだよね……」
夢を見ている間、こっちで何があったのか、何となくわかる。すごく心配してくれて、何度も謝ってくれて……。
私はダイスケの背中にぎゅっと抱き付く。
「俺もごめん。同じのを買ってくればいいかって最初思っていて、唯に説明してなかった。エリナの気持ち考えてなかった。俺が旨そうって言ったから買ってきてくれたんだろ」
「……うん」
「はは、あれは本当にエリーナだったのかな」
「え?」
「とても怒られた。この子はきっとあなたのために用意したから怒ったのでしょう。ご自分で取り戻しなさい! 手伝いますからって」
かかっと笑うダイスケ。あはは、私、夢と同じ事してる。エリーナも仲直りできたかな……。
お皿に載ってやってきた湯気の上がる肉まん。気をつけて持ち上げてかぶりつく。
しろいところはふんわりして、お肉の味もしっかりして。
「
ダイスケは私の顔を見て、
私の宝物を探して~返してよ?それは私のものだから!~ 花月夜れん @kumizurenka
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