それから
「ねぇ、アルテ!」
「何だ? エリナ」
「そこ、落ちるよ」
「なんだっ――」
ひゅっと彼の姿が消える。
あーあ、落ちちゃった。えーっと、
「シルフ!」
ふわりと小さな風の精霊が召喚に応じる。
「アルテを引っ張りあげてきて」
ぴっと敬礼した精霊はアルテが落ちた場所へと向かった。
「ドリアード」
緑色の髪の可愛い精霊が現れる。
「モンスターの足止めお願い」
こくりと頷くと、植物の精霊は木や植物に触れていく。
ふわりと風が吹いて、アルテが浮上してきた。擦り傷だらけの姿で。
「ウィンディーネ、怪我を癒して」
水の精霊を呼んで、彼の怪我を癒してもらった。
「気をつけてよね。私の魔力、ボスに行くまでに尽きちゃうよ。まだ始めたばかりなんだから」
「すまん、すまん」
かかっと笑いながら、大きな身体の彼が謝る。火の精霊を使役する大剣使い。
「精霊召喚師って、体力なくて大変だね」
「代わりにレベルアップすれば強力な精霊が呼び出せるようになるぞ」
「そうだけどさ」
キラキラ光る石を身に纏い、透けるローブをふわりと揺らす。
長い水色の髪が、風になびいて視界を横切る。
「一回休憩しようよ」
「そうだな」
◇
「はー、一緒にプレイ出来るようになったから、こっちにきたけれどレベル1からってつらいー!!」
「そうだね、エリナはもう少し低レベルダンジョンかハイエアートの景品で強化を――」
さっきと同じ人物とは思えない、丁寧な話し方。
「ダイスケはどうして、ゲームの中だけあんな喋り方になるのかなぁ?」
クスクス私が笑うと、彼は困ったように笑う。
「何でだろう、不思議だね」
「わからないんだ?」
そう言うと、彼は苦笑いしてから、ゲームのデバイスを外し、キッチンにむかった。久しぶりに休みが合って、彼の部屋にきてる。すごくシンプルで、最低限のものしかない少し寂しい部屋。
「飲み物、何がいい?」
「あ、私も一緒にいれるよ!」
「そう? なら任せて俺はケーキの準備をするかな」
「ケーキ、ケーキ!」
私の好きなケーキ屋さんのスペシャルショートを買ってくれているらしい。もしかして、餌付けされてる?
「ナホさんとは連絡とれてるの?」
「あったり前。友達なんだから」
もぐもぐとケーキを食べながら答える。
「そっか、急だったからね」
「しょうがないよ、親の都合じゃ。大学になったら一人暮らし出来るから、戻ってくるって言ってるし」
彼女は今、父親の転勤に付き合って外国に行ってしまった。
「ヒロキ君も大変だね。遠距離片思いか」
「ヒロキは、ナホのこと絶対に幸せにするって言ってて。だから、勉強すっごい頑張ってるらしいよー。ダイスケよりいい大学に行くってさ」
にひひと笑うと、ダイスケも笑った。
「俺よりいい大学っていったらあそこかな」
「んー、海外とか?」
「そうか、海外もあるね。世界は広かった」
「ねー、ナホのいるむこうの大学受験して二人ともそのままってなったりして、ってそれは寂しいなぁ」
気がつくと、ケーキののったお皿は空っぽに。どこに消えた?
「晩御飯、どうする? 一緒に食べていける?」
「うん、どうぞ、どうぞって。うちの親、推しすぎだよー。絶対に逃がすなってさー」
「それは、嬉しいなぁ」
「もー、こんな私があの大学の彼氏を捕まえただとって、腰抜かして、びっくりしてさぁ。悪かったな、こんなのでーだよ!」
「ははっ、頑張らないとだね。俺も、エリナを幸せにするために――」
「もう1つの夢はどうするの?」
片付け始めていたダイスケの手が止まる。
「そうだなぁ、芽がでるかどうかわからないし……」
「でも、諦めたくないんでしょう?」
「そう。さすがエリナ、俺の事よくわかってる」
彼の笑顔に、こっちが照れてしまう。
「知らない事なくなるまで教えるって言ったじゃん……」
ぷいっと横をむくと、彼がまた笑った。
彼のもう1つの夢、父と母のレストラン。
あの店を、あの味を再現したい。そんな夢を持っている。今は、大学に行きながらバイトで料理の修行を兼ねて知り合いの飲食店のキッチンに入ってるそうだ。
「やっぱり、専門学校に行ってる人と差が出てしまうからね……」
お世話になっている、月城の家の迷惑にならないように、いいところに行って、いい人間を演じ、独り立ちする。
もう1つの夢との二足のわらじ。
「ねえ、その夢、私も一緒に……、手伝っていい?」
「え?」
「だから、私が専門学校に行って、ダイスケに教える! これよ!!」
ぷって吹き出す音と、彼の笑い声が響く。そんなに笑わなくても。
「ねえ、エリナ。わかっていってるの?」
「何が?」
「わかってない? 俺、受け取ってしまうよ」
「だから何?」
ダイスケはスタスタと近付いてきて、ぎゅっと抱き締めてきた。え、今、そんな流れだっけ?
「俺、プロポーズされたよね? これからもずっと一緒にいてもいいんだよね」
「あ、え?」
「エリナの未来を俺にくれるってことだよね?」
「え、あれ?」
「違うの?」
「あ、えっと……違わない……です」
ぎゅっとする力が少し強くなる。
「どんな未来になっても、俺、エリナを幸せにするよ」
「あ、うん。……よろしくお願いします」
ドキドキして、心臓が飛び出してきそうなのに、なかなか離してくれない。それどころか、上から顔が近付いてくる。
私は彼に合わせるように、少し背伸びする。
ピンポーン
『お兄ちゃん、妹が定期便持ってきたよー!!』
ドア越しに唯の声がした。
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