あの日

 そう、あれは一年位前、ナホと約束した場所にむかう途中だった。彼女から急に連絡が入ったの。


『あ、エリナちゃん。あの、ごめんね――』


 誰かの落とし物を拾ったので届けてくるから遅れるねという電話だった。


「おっけー。じゃあ、終わったら、――」


 話している途中で、息を切らせた男ががしりと私の腕を掴んできた。それから、ギロリと睨まれる。


「ちょっと、何?」


 はぁはぁと息を整えながら、口をぱくぱくと動かす男。


「ごめんナホ、ちょっち、こっちも取り込むかもー!」

『え、大丈夫? 平気?』

「大丈夫、大丈夫。片付けたらそっちいくねー!」


 聞かれないように会話を切らせたのだろうか? にしても、腕が痛いんですけど。


「何ですか? 腕、離して下さい」


 はぁーと息を大きくついてから、男は眼鏡越しに睨みながら言った。


「返せ! 俺のスマホ!!」

「はっ?!」

「それ、俺のスマホだろ! 返せよ、不良頭」

「はっ?!」


 失礼にも程がある。どうしてくれよう、コイツ……。そう思うけれど、まわりの人達が、私達のやり取りを見学してる気がした。


「あのね、これは私の――、ちょっとこっち来なさい」


 掴まってる腕を引っ張って、人目につかない路地裏にむかう。一応素直についてきた。さっきの言葉のあとから、少し挙動不審になっているけれど。たぶん、気がついてるからだ。自分のスマホではないことに。


「で、私のが誰のだって?」

「すみません、限定カラーで同機種で、その……女子の選ぶような色じゃないから……、俺のを拾ってイタ電されてるとばかり――」


 私の写真データを見せて、納得させると今度はペコペコと謝るばかり。


「買ってもらったばかりで……、迷惑がかかると思ったら、焦ってしまって……」

「あー、そうね。不良頭な私が、スマホ拾ってたら、そりゃー心配よねぇ? 偏見男」


 私は先ほどカチンときた言葉を使って、嫌みを言う。私だって、ナホくらい頭が良くて、黒髪が多い優等生な学校だったら染めてなかったと思う。黒髪の子の方が少ない学校……。多数派の染めた髪で過ごす方が平和に過ごせる。処世術なのだから。いくら事情があって、焦っているからって、ホント、外見で決めつけないで欲しい。


「本当にすみませんでした……」


 どこまでも沈みそうなくらい、頭をさげる彼に、良心が痛んだ。

 これ、どう見ても私が無理やり謝らせてるみたい……。いや、カツアゲ? いじめ? とりあえず、見られると誤解されかねない。

 はぁとため息をついてから、私は彼に告げる。


「いいよ、別に……。間違いなんて、誰にでもあるんだから」

「本当にすみません」


 何度も何度も謝る彼に辟易へきえきし、私は、はぁと、もう一度ため息をついてから、手を差し出す。


「行こう……。一緒に探すよ」


 やっと上を向いたソイツは、信じられないモノでも見たような顔をしていた。


「何? 私と同じ機種カラーなんでしょ? なら、私も一緒なら、見つかりやすさ二倍でしょ?」


 私がそう言うと、くくっと笑いだし手で口を隠していた。私笑われるようなこと言った?


「……バカにしてる?」

「してません! すみません!」

「信じられない! 絶対バカにした! あーもう、でも探すから!」


 むきになりながらも、彼のスマホを探す手伝いを始め、少し探したところで、ナホのことを思い出す。時間がかかるかもしれないと連絡いれなきゃ、そう思いスマホを取り出し画面を見た。


『交番が近いからそっちに持っていくね』


 ナホのメッセージがきていた。そうだ、ナホみたいに親切な人がもう持っていってるんじゃないのかな?

 私は彼に聞いた。


「ねぇ、もしかしたら親切な人が交番に届けてないかな?」

「だといいけど……」

「行くだけ行ってみなよ!」


 ◇


「届いてた。届いてるって!」


 嬉しそうに報告する彼は、走りながら私のところにきた。交番とか警察とか、外見でじろじろ見られたくないから離れた場所に私は座って待っていた。少しだけここで待って戻ってこなかったら、さらっと探してナホとの待ち合わせ場所に行こうと思ってたのに。こんなに急いで戻って来るなんて――。


「そう、良かったね。じゃあね」

「あ、えっと……」

「まだ、あそこに行ったばかりで、スマホがあったのに手ぶらみたいよね? 私に言いにきたんでしょ? もう一回行くんでしょ?」

「はい」

「私も用事があるの。だから、ここまで。それじゃあバイバイ。もう落としたり、なくしたりしないでよね。腕、いきなり掴まれて怖かったし、外見で悪く見られて気分悪かったんだから」

「すみません」

「もういいって、私忘れっぽいからさ、気にしないでいいよー」


 はやくむこうに戻ってもらおうと手をふりふりさせる。これ以上、真面目君が、私にペコペコする姿を人に見られたくない。

 もしも、ナホに見られたら、なんて言われるか……。


「気をつけます」


 もう一度、頭をさげてから、少し留まったあと、彼はくるりと交番に走って行った。


「待つわけないでしょ」


 小さな声で、「待っててくれませんか」って言った気がしたけど、厄介事に巻き込まれたくなかったので、私はすぐにナホとの待ち合わせ場所に移動した。ナホがやって来たのはだいぶ時間がたった後だった。


「待たせてごめんね」


 そう言って、謝った彼女の顔が、少し赤くて、どこかぽぅっとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る