流されやすい

 澄んだ空気がひろがる空間。すーっと息を吸い込むと、体の中から洗われているみたいに感じる。


「空気が美味しい!」


 ガクッと、メイラが膝をおる。そんな変なこといったかな?


「緊張感がありませんのね。まあ、あなたの本命は彼のようですから、頑張る必要はないとお思いなのでしょうけれど」

「そんなこと、ありません」


 私は必死に否定した。頭の上の二人も立ち上がって抗議しているようだ。


「向こうが勝つとアルテ様の婚約者がシャルロッテ様になる可能性があるとだけ、お伝えしておきますわ」

「え?」

「聞いていませんの?」

「何も――」

「アルテ様はクロテッドプルートの王の血筋。つまり王国がダンジョンに飲み込まれてしまった今、唯一クロテッドプルート王家を再興できる存在なのです」

「はぁ」


 そんな面倒なキャラクターなんだ。さっきちらりと聞いた気はするけれど。


「女王の座につけないシャルロッテ様は、アルテ様と婚約し、多大な支援をすれば、一国を救った英雄としてクロテッドプルートでの絶対的な地位を手にいれられると」

「めんどくさいですねぇ」

「あなただってその立場ではありま……あぁ、ごめんなさい。失念しておりました」

「あはは、面倒ですねぇ」


 あれ、まさか、アルテがどっちが勝ってもって言っていたのは、私を婚約者にするつもりだったとか? 気がついて、一人赤くなる。あ、でも……。どっちに転んでも、……か。なら、エリーナは、どっちを選ぶんだろう。私が決めたら、駄目なんじゃないかな……。


「今のあなたはどうやら流されやすい人のようですわね」


 ぐさりと言葉がつきささる。的確に痛いところをついてこなくても……。


「エリーナ様だったら、あら、あの方はそんな名前でしたっけ……」

「あ、それは、私が使っていた名前で本当は――」


 本当は、何だっけ。


「あら、あれが第一関門ですか」


 考えようとしていると、目の前に第一の門と書かれた扉があった。いったいいくつあるんだろう。


「いきますわよ!」


 メイラが気合いを入れて、扉にむかう。ソフィーはもう通りすぎた後なのか誰もそこには居なかった。


「開けてもらえます?」

「え?」

「何か仕掛けられているかもしれませんもの」


 なるほど。って、私はボディーガードか! あ、でもルミナスと約束してしまったか。

 顔に出さずに、心の中で納得し、私は扉を押し開けた。重さはそれほどなく、私でも開けられた。中を見るとぽっかりと開けた場所にまわりを水の流れがカーテンのようにかかる空間だった。


「入っていいですかー?」


 誰も答えてくれないけれど、私は中に入った。


「大丈夫みたいです。メイラ様もどうぞ」

「わかりました」


 メイラが中に入ると、扉が勝手に閉まった。


「あ、何か書いてますよ!」


 私は見つけた文字を指差す。二人でその文字を見ると、うん、良かった。日本語だった。


「精霊の力を使って、次の道を開け――ですか。私一人ではやはり無理でしたね」


 メイラは悲しそうにうつむいた。彼女は本気なんだ。だから、精霊と契約出来ていない事を悔しく思うのだろう。


「私は、精霊に選ばれていない。もしかしたら、マナ様にも選ばれないかもしれません。だから、もし、あなたが選ばれたらその時はお願いしますわ」

「えーそれは……」

「お願いしますわ」

「……はい」


 あまりの迫力に負け、また承諾してしまう。駄目じゃない! 私!

 さっき流されやすいって言われたばかりなのに。

 がくりと肩を落とし、メイラの進むあとについていく。


「こちらに、精霊の紋がありますわ。この場所で精霊の力を使えということでしょう」

「なるほど、水のカーテンがあるところだし、ウィンディーネでいいのでしょうか」

「精霊なら、誰でも大丈夫だと思います。でないと、水の精霊が必須条件になってしまいますからね」

「なるほど」


 私は頭の上で仲良くしてる二人を思い浮かべる。


「シルフ、次の場所に行けるようによろしく」


 なんとなく、シルフの方に動いてもらうことにした。

 名前を呼ぶと風が吹き、私達の足元に集まる。同時に紋が光り、水のカーテンが開いた。


「このまま、行けそうですわね」

「え? え?」

「行きますわよ!」


 ぐいと手を引かれて、足元がなにもない場所へと引っ張って行かれる。下を見ると、ここどこ? 滝? な状態だった。


「待って待って待ってぇぇぇ!?」

「待てません!」


 メイラは、容赦なく、ぐいぐいと引っ張って行く。怖くないんですか!?


「ルミナス様が成功を望んでおられるのです。立ち止まってなどいられません」

「そうだね……。そうだった。はやく、戻らないとアルテもケガとかしてるかもしれない」


 アルテの名前を出すと、ふっとメイラが少し笑っていた。

 私は、足元じゃなくて前を見る。入ってきた物と違う扉が見えた。一歩、足を出す。足を置いた場所に見えない何かがある。


「風の道を作っていただいてるようですね」


 頭の上でドヤ顔をしているであろうシルフちびアルテを思い浮かべながら、一歩一歩足を進めた。


「こわかったぁぁぁ」


 扉のある場所にたどりつき、私はふぅぅと安堵の息をついた。


「さぁ、先に進みますわよ!」


 そう言ったメイラの手と足がぷるぷるしていたのは見なかった事にしてあげよう。

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