その日(アルベルト視点、アナスタシア視点)
◆
今日は陛下からの小言はなかった。ただ、様子から察するにかなりお怒りであった気がする。可愛い愛娘を隣国に連れて行かれるのだ。自国の誰かであれば、そばにずっといられたのに、その相手の
お祝いパーティーもまだもう少し続くだろう。アナスタシアは、メイラと隣国の王子のところにお祝いに行き、その場に居づらい僕は自室に戻った。
そしてそこで、一人の男と話していた。
「途中、妨害があった?」
「はい」
「そうか、犯人の目星は?」
「魔力のパターンから――――、クレスヘラ様のところの魔術師ではないかと……」
「そうか、わかった。あとはマルクスに追わせよう。お前はエリーナについてくれ。場所は追えるな?」
報告にきた男は、こくりと頷き部屋を出た。
「何か、妙なことになっているな。僕自身、おかしくなっている……。今のうちに、出来ることをしておかなければ……」
僕は、ぎゅっとこぶしを握りしめる。ポタリ、ポタリと二粒の水滴が落ちた。
「エリーナ…………」
負けた。僕はあの男に負けた。なのに、何故
エリーナから愛されていた。そして彼女を愛している。だが、彼女は今の僕にきっと愛想を尽かしているだろう。
あぁ、まただ――――。
僕はまた、深い深いどこかに沈まされていく。
「愛している。……エリーナは、僕が守る…………」
◆
あの人とあの人……、私の魅了が効かなかった。
私はそっと腕輪を撫でた。
「もしかして、あの二人のどちらかが――――」
「アナスタシア様?」
暗くした部屋の隅から声をかける、お気に入りのペット。
「無様ね、負け犬さん」
私の前で
「ですが、やはりレースで妨害など……。メイラ姫の婚約者を決める大事なレースを」
「それで、わざわざ姉を連れてきて、何がしたかったの――」
「ですから、彼女が同乗していれば危険な妨害をしてこないと思い――」
妖しい光を放つ宝石がついた腕輪に私は呟く。子犬を従順にしてと。
「……申し訳ありませんでした」
やりたくないのに……。元気な子犬の目の光が消えてしまう。つまらない。つまらない。
こんなの、ただただつまらないだけだ。
「まっすぐすぎる性格も考えものね。悪いこと、全然こなしてくれない。クレスヘラ様はあんなにも嬉しそうに手伝ってくれるのに」
ぬいぐるみみたいになってしまった子犬の茶色い髪をゆっくりと丁寧になでる。強すぎる魅了を願うと、反応がなくなってしまうのが残念だ。
いつもの彼なら、顔を赤くして照れているだろう。
「可愛い子犬さんは、やっぱり、ただここで可愛がるだけでいいかな……。だって、私が本当に欲しい物は……」
目を閉じて、私は【愛しい彼】の姿を思い出す。同時に苦い苦い思い出も――。
「エリナちゃん、何故あなただったの? …………本当に神様は意地悪だ」
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