第2話 人類の降伏
◇水車2
人類は戦争に負けた。
カタツムリにはまったく歯が立たなかった。
彼らには重力を制御する技術があり、人類の兵器はひとつも円盤に届かなかった。ミサイルも砲弾も円盤に届く前に停止し、反転して人類に向かってきた。
戦闘機は自らの放ったミサイルによって爆発し、戦車もやはり自分の砲弾が反転してきて破壊された。核兵器を敵大型円盤に打ち込むなど論外だった。核ミサイルが反転してきたら、たいへんなことになる。
人類は降伏した。
戦争はわずか9日間で終結した。その間に6千万人が戦死し、人類は絶対にカタツムリに勝てないことを思い知った。徹底抗戦なんてしなかったことは賢明だと思う。そんなことをしても無意味だ。人類が絶滅するだけのことだ。
降伏した日、明日から肉が食べられなくなるんだな、と僕は思った。
カタツムリに降伏するとはそういうことだ。明日から穀物や野菜だけを食べて生きていくことになる。肉さえ食べなければ、カタツムリは人類を生かしておいてくれる。
僕はそれぐらいのこと、受け入れられると思った。肉料理は僕だって好きだ。それが一生食べられなくなるのは悲しい。
でも死ぬよりはましだ。
戦争で6千万人が死んだ。日本でも東京と仙台が攻撃され、2百万人もの戦死者が出た。戦争の悲惨な映像は9日間毎日放送された。円盤の前で飛行機や戦車や戦艦が爆発した。兵士が死に、民間人が死に、孤児が量産された。都市が炎上した。
これが現実かと思うようなカタツムリとの戦争の映像を毎日見続けて、僕はこれからどうなるんだろうと考え続けていた。生き残れるのだろうか、と。
幸い、僕は生き延びた。父と妹も死ななかった。七十億を超える人類も大半が生き残れた。カタツムリに逆らわなければ、これからも生きていける。
国連本部ビルの屋上にはためく白旗の映像を見たとき、僕はふいに天啓を得た。これからどうやって生きていくか、そのイメージが浮かんできたのだ。
食堂を始めよう、と僕は思った。
野菜と穀物と果物だけを使った料理を出す食堂だ。そこでは人類もカタツムリも席を並べて食事をすることができる。美味しいものを食べて、人が笑顔になる。カタツムリに笑顔があるかどうかは知らないけれど、宇宙の生物にもしあわせになってもらう。そんな店を作るんだ。
肉を使わずに美味しい料理を作ろう。
それまで料理をなりわいにするなんて考えたこともなかったけれど、そのとき僕は強くそう思ったのだった。
◇深夜2
「ふざけんなっ」私はテレビに向かって叫んだ。
人類は降伏し、全世界の首脳が国連本部に集められ、肉食を放棄すると誓わされた。あらゆる国が菜食主義の徹底に向けて舵を切ることになるでしょう、とアナウンサーがしゃべっていた。私はまったく納得していなかった。
肉が食べられなくなるなんて、冗談じゃない。
私は冷蔵庫を開いた。戦争で流通が滞り、ろくなものが残っていなかった。最後の肉を食べたかったが、牛肉も豚肉も鶏肉もなかった。
卵が1個だけ残っていて、バターがあった。
フライパンを熱し、バターをたっぷりと溶かし、目玉焼きを作った。塩胡椒を振って食べた。
冷蔵庫の中はそれで終わりだった。
台所の棚には買い置きのカップラーメンがいくつかあった。カップラーメンにだって肉エキスが入っている。これすら入手できなくなるかもしれないと思うと、気が狂いそうだった。
私は財布と旅行用のキャリーバッグを持って家を出た。スーパーマーケットに行って、残っている食材を買い占めるつもりだった。
だが、マーケットには期待したものは何もなかった。
生肉はもちろんのこと、卵も魚も加工食品もレトルトカレーもなく、すっからかんになっていた。怖れていたとおり、カップ麺すらなかった。乳製品もなく、野菜だけが残っていた。
「くっそ、なんでだよ・・・」
絶望して怒りに苛まれながらもう1度店内を見回していると、冷凍食品のコーナーで冷凍餃子がひとつだけ見つかった。
「あった!」
私は歓喜し、それを持ってレジに向かった。
店員が驚いたように餃子を見た。
「それはお売りできないんですよ」
「なんでだよっ。頼むから売ってください!」
「お客さんも知っているでしょう。人類は負けたんです。役所から通知があって、肉と魚とそれを含んだ食品はすべて廃棄しなさいと指示されました。店を見回って、全部捨てたつもりだったんだけどな。その餃子は見落としです。それ、捨てますよ」
「いやだっ」
私は抵抗したが、店員は無情に餃子を奪い取った。
「肉を売ったことが知られたら、この店は終わりなんです。悪く思わないでください」
私は泣いた。
泣きながらキャリーバッグを引いて家に帰った。
テレビをつけると、肉食禁止法という全世界共通の法律が施行されるというニュースが放送されていた。今後はカタツムリの指導のもと、人類世界は運営されていくという。
「カタツムリめ・・・」
私は泣きながら歯噛みしていた。やつらは私から何もかも奪い取った。父と母を殺し、美味しいものを食べるという生きがいまで奪ったのだ。
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