カタツムリの支配下で

みらいつりびと

第1話 ファーストコンタクト

 ◇水車1


 ファーストコンタクトのニュースを僕と妹はホットケーキを食べながら見ていた。

 日曜日だったが、父は仕事で忙しく不在。母は4年前に癌で亡くなっていたから、家にいるのは兄妹ふたりきりだった。

 妹はいつまでたってもカップ麺しか作れない料理音痴で、でも食べるのは大好きな食いしん坊で、僕は「ホットケーキが食べたい!」という妹のリクエストに応え、お昼ごはんに生クリームをたっぷり乗せた熱々のホットケーキを作ってやった。

 それを食べながらニュースを見ている。

「こ、これは・・・カタツムリですっ。宇宙船から現れたのは、巨大なカタツムリ!」

 テレビ画面の中でアナウンサーが絶叫していた。 

「かわいい宇宙人だね」と妹が言った。

「あれ、かわいいか? キモかわいいとすら思わんが」

 僕は妹の感性に唖然とした。

 NHKが放送しているのは、地球外知的生命体とのファーストコンタクトの映像だ。

 外宇宙から飛来してきた宇宙船が地球の大気圏に突入したのが6日前。

 世界中が大騒ぎになった。

 どことなく巻貝に似た超巨大な円盤型宇宙船の中には何者がいるのか。

 太陽系外からやってきた恒星間宇宙船だ。それを操縦しているのは、地球人類を超えて進歩した科学力を持つ宇宙人にちがいない。それは友好的なのか、それとも人類を滅ぼそうとする敵対的な存在なのか・・・。

 円盤型宇宙船はしばらく地球各国の上空を飛び続けた。ジェット噴射もなく、どうやって飛び、浮かんでいるのか誰にもわからなかった。ふしぎな動きでそれは飛んだ。ゆらゆらと蛇行したり、旋回したり、高速で地球を一周したり、東京スカイツリーの真上で長い間停止したりした。重力を制御する技術を持っているようだ、とある科学者がテレビで解説していた。

 それは地球を観察していたのかもしれない。

 6日たって、宇宙船はニューヨークの国連本部ビルの上空で静止した。そして航空母艦が艦載機を飛ばすように、小型の円盤を射出した。

 円盤は地上に着陸した。そこから出てきたものが、カタツムリそっくりだったのだ。

 カタツムリ・・・全長数センチほどの陸生の貝類。

 だがその宇宙のカタツムリは、1メートルほどの身長を持っていた。巨大な貝殻を背負ううねうねした軟体動物。地球のカタツムリと同じように、にょっきりと2本の触手を生やし、その頂点に目のような器官があった。その目は宇宙生物を出迎える国連事務総長を見つめていた。

 地球外生命体がカタツムリの形をしていたことに僕はびっくりした。

 ホットケーキを食べるのをしばらく忘れ、テレビ画面に見入っていた。

 そのとき僕は高校3年生だった。

 ふつうに大学に進学しようと思っていた僕の人生は、そのファーストコンタクトによって大きく転換することとなる。

 僕の名前は江口水車。ふたつ年下の妹の名は風鈴。両親のネーミングセンスはちょっと変わっているが、僕も風鈴もごく平凡な人間だ。高校に通い、勉強をしたり、遊んだり、母がいないので家事を分担してやったり(料理の担当は僕だ)して、日々を過ごしていた。

 高3の僕はふつうに受験勉強に励んでいた。

 でも人類とカタツムリの出会いで多くの人の運命が変わったように、僕の人生も変わった。僕は大学へ行くのをやめた。


 ◇深夜1


 ファーストコンタクトのとき、私は女子高生だった。

 カタツムリによって大勢の人が不幸になったが、私もそのひとりだ。

 高校時代、私は登山と食べることに熱中していた。父がいつかエベレストに登りたいと言うほどの山好きで、私は父に連れられて毎週のように山に登っていた。山を下りると、父はよく焼き肉屋に入り、ビールを飲んだ。山登りも楽しかったけれど、私はそれ以上に焼き肉が楽しみで、父と行動を共にしていたように思う。

 学校ではわりとまじめに過ごしていた。ほどほどに勉強し、成績は常に上位30位以内をキープしていた。

 2年生のとき、隣のクラスの男子から告白されてつきあったことがある。私はちょっと吊目ぎみで、自分の顔をそれほど気に入っていないが、彼は私のことを綺麗だと言ってくれた。つきあっている間は登山をセーブし、週末にはデートした。キスする仲にまでなったが、2か月で別れた。

 私がふったのだ。

 別れた理由は、彼がファストフード店にばかり行くからだった。高校生だから、焼き肉屋や高級なレストランになど行けないのはわかる。でも私はハンバーガーばかり食べるのには耐えられなかった。

 デートするより、父と登山し、焼き肉を食べる方がずっと楽しかった。焼き肉だけでなく、父は美味しい寿司や天ぷらやインド料理なんかも食べさせてくれた。私は自分が食道楽だと気づいた。食事が大好き。食べることが私にとってもっとも大切なことだった。

 私の名は野村深夜という。登山をしているせいか、いくら食べても太らない。

 さて、カタツムリとのファーストコンタクトのとき、私は高校3年生だった。

 人類とカタツムリのニュースを、私は人並みに注目していた。

 最初、カタツムリは人類と友好関係を築こうとしていた。カタツムリと国連の偉い人とかアメリカの大統領とかが接触し、人類とカタツムリの関係について、いろいろと交渉していた。

 カタツムリはしゃべらない。でもテレパシーのような能力を持っていて、触手を接触させることによって、意志を通じさせることができた。カタツムリは触手を人の頭に乗せ、人の考えを読み取り、自分の意志を伝えた。

 交渉の過程で、カタツムリは人類が肉を食べることを知った。自分たちによく似た陸貝をエスカルゴという料理にして食べることも知った。

 カタツムリたちは、人類の肉食に不快感を示した。彼らは草食動物だ。彼らには、他の動物を殺して食べるということが、耐えがたいほど不快であるらしい。

 カタツムリは人類に肉食をやめるよう通達してきた。肉食をやめれば、カタツムリは人類と友好条約を締結する。しかしこのまま忌まわしい食習慣を続けるようなら、我々は人類を許すことはできない。地球には素晴らしい野菜と穀物と果実がある。それだけを食べるべきである。動物に苦痛を与え、殺して食べるのはやめてほしい・・・。

 よけいなお世話よ、と私は思った。肉を食べるのは地球人の食文化なのよ。私たちの食生活にまで口を出してほしくない。

 人類の指導者クラスの人たちも私と同じ考えのようだった。人類はカタツムリの要求を拒絶した。当然だと思った。なんで肉を食べちゃいけないのよ。そんなのは嫌だ。焼き肉と寿司が食べられなくなる。天ぷらも野菜天しか食べられなくなる。美味しいスープだって、肉や骨や鰹節で出汁を取って作るものだ。それができなくなるなんて、悲しすぎる。

 交渉は決裂した。

 私はカタツムリが人類を見放し、宇宙へ去るものだとばかり思っていた。しかし物事はそう穏便には進まなかった。

 戦争が始まったのだ。

 カタツムリは円盤型宇宙船から光線を放ち、人類を攻撃してきた。小型円盤を世界各地へ放ち、主要都市を光撃した。人類も対抗し、円盤に戦闘機を差し向けた。

 その戦争で、私は不幸になった。東京攻防戦で、両親が死んだのだ。

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