閑話 アグルスの気持ち

 

 寝台にトーアを残し、着替えをするために衝立の向こうへ移動する。

 衝立先には既に着替えを持った使用人が2人待機していた。1人は何時も私の着替えの手伝いをしている者だが、もう1人はトーアが連れて来たメイドだ。


「トーアの今日の予定はどうなっている」


 衝立の向こうに居るトーアに聞かれないよう声を潜めて聞く。私の意図がを理解したのかメイドも同じように小声で返してきた。


「本日の奥様の予定はいくつか書類の確認だけとなっています」


 私が把握している通りの予定だ。まあ、把握しているからこそ昨日手を出したのだが、日によっては予定が変わることもあるので今後も確認は必要だろう。


「トーアが起きて来るのはもう少し時間があるだろう。何か他にやることが有るのなら先にやれることはやっておいた方がいい」

「……いえ、取り急ぎやらなくてはならない予定もありませんので、ここで待たせていただきます」

「そうか」


 予定を思い出していたのか少し間をおいてトーアが連れてきたメイドはそう言い、着替えの邪魔にならないよう、私から少し離れた位置へ移動した。



 着替えを終え、執務室へ向かう。


 移動中は特別やることもないため、先ほどのトーアの様子を思い出す。


 ああいう事をすると毎度同じように可愛い反応を見せてくれるのはうれしいところだ。未だに私の昔の印象が抜けていないのか、その後に戸惑っているような表情をするのは少し思うところが無い訳ではないが……。まあ、あれはあれで可愛いと思えるので良いだろう。


 トーアの中の私の印象は私がリースと婚約していた時の物だろう。

 辺境拍領の資源を確保しようとしている上位貴族からの横やりを避けるために、なるべく早く嫁を取らなければならない状況だったため、嫌々ながら婚約していた時の物だ。年が離れているという事で常に悪態をついてくるリースに辟易していたため、周囲にも冷たい態度をとってしまっていたと今では反省しているが、その印象がトーアの中では大きいのだろう。


 当時はどれだけトーアと婚約していたらと思ったことか。

 同じ家に生まれ、同じように育ったはずのトーアとリースがあそこまで異なるのはどうしてなのかと未だに考える。

 幸運なことにトーアの婚約は破棄され、同時に私とリースの婚約も破棄されたことで私はトーアと婚約し婚姻を結ぶことが出来た。

 その元婚約者には、トーアという非の打ちどころのない婚約者が居ながら不貞を働くとはと怒りを覚えたが、それにより私にとって良い結果となったためトーアの元婚約者には感謝しているのだ。故にあの怒りは無かったことにしている。


 現在、その元婚約者の家がデスファ侯爵家に乗っ取られそうになっていることはどうでもいい。トーアが気にするかもしれないと最初は思ったが、未練がないのかその様子が一切無いのは、やはり日頃からあの元婚約者やその家に思うところがあったのだろう。リースに関しても結果がどうあれ自業自得でしかない。

 その件も併せて、もう関わる必要は無いと判断した。



 執務室に入ると、既に私の補佐をしている執事が待機していた。その様子から何か急ぎの用事でもあるのかもしれないと思い至る。そしてその予想は当たっていたらしい。


「旦那様。こちらに」

「何だ」


 執務机に促される。すると机の上には3通の封書が入った薄めの箱が置かれていた。


「その内2通は今朝方、早急に当主へ届けて欲しいと門番が渡されたようです。危険が無いか既に中身は確認積みですが、確認をお願いします」

「……そうか。それでその2通はどこからの封書だ? 内容は?」


 側に控えている執事に確認を取りながら机に着き、置かれている封書を確認する。


「ゼペア商会からの嘆願書、フィラジア子爵家からの報告書です」


 片方の封書にはフィラジア子爵家の家紋が刻印されているので、何の刻印もない方がゼペア商会からの封書だろう。しかし、残りの1通は何処からの物か。


「なるほど。それで残りのもう1通、この分けられている封書はなんだ」

「先ほど、デスファ侯爵家の執事と名乗る方が私へ直接手渡して来た物です。内容は書類になります」

「あの家からか」


 その家名を聞いて私は内心悪態をついた。デスファ侯爵家からの書類となれば面倒なことになりそうだ。

 あの商会からの封書の中身はどうせトーアへ助力を乞うための物だろう。見たところで考えは変わらないのだから読む必要は無い。


「ゼペア商会からの物は確認の必要はない。捨てろ」

「は」


 箱の中に置かれていた封書の内、ゼペア商会からの物はすぐに執事が取り出し破り、書類の破棄用に火を焚いている暖炉の中へ放り込んだ。


 フィラジア子爵家からの物は後で……いや、先に確認しておこう。デスファ侯爵家からの書類の後に確認するのは難しいだろうな。

 ふむ、予想通りの報告書だな。こちらで持っている情報との乖離はない。これなら裏付けとして使えるだろう。


 さて、デスファ侯爵家からの手紙だが、確認するのは気が進まない。辺境伯としての立場故に昔から関りのある家だ。現当主になってからより悪評が際立っているが、無視する訳にもいかない。

 面倒な事だな。


 そう思いながら私はデスファ侯爵家の書類の内容を確認した。

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